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生き方のシフトチェンジ
――今回の作曲にあたって、過去の課題曲を聴いて参考にしたりすることはあったんですか?
「全くないです。僕はほとんど聞いてないです。昨年は『響宴』に出たりはしていましたけど、ここ数年、吹奏楽とは近づきたくても意識的に少し距離がありました。がっつり離れてたわけじゃないけど、進んで吹奏楽を聴いたりとかしなかったし、コンクールにもずっと行ってなかったですし。それはきっと今の日本の吹奏楽、とりわけコンクールにおける吹奏楽が、個人的には音楽としての多様性が乏しいと感じていたからだと思います。コンクールである以上、そんなものなのかも知れないですけど」
――それはオリジナル作品も含めてということですか?
「オリジナル作品”が”です。まあただ、その憂いは今もありますし、だから離れていたんですけど、今は考え方をがらっと変えて、だからこそ微力だけど自分で変えていこうという姿勢です。やっぱり吹奏楽に育てられた部分も大きいですし」
――それは何かきっかけがあったんですか?
「吹奏楽できっかけがあったというよりは、全体的な生活というか、生き方のシフトチェンジというか、いいあんばいをようやく得られた感じです。結婚もあって息子が生まれて、今までは一人身だからフリーランスでやってこられたようなものを、これからはそうもいかない、でも自分の理想の音楽はここにあって、でも現実は全然違う……まあよくある話なんですけどね。息子が生まれたときに、一回立ち止まって考えたんですよ、音楽とは別の仕事をするということも選択肢に入れて、立ち止まって考えたことがあるんです。そこでものすごく考えて思ったことは、やっぱり守りに入るんじゃなくて、家族を持った今だからこそ、自分の思う音楽で社会と関わっていきたいと、攻めに行ったわけです。昨年はそれが結構しんどかったです。バランスも取れず、思うようにいかなかったので。でもそのバランスが今はすごく取れてるんです」
――そうなんですね
「すごく取れてる。人の縁も大きいですし、家族の支えも大きいですし、色々ときっかけはありますけど、ほんのちょっと意識の角度を変えるような感じで、すごい生活が楽になったというか、音楽に対することも楽になったというか。僕の中では明確なんですけど、すごくシンプルに言えば、ピュアに返ったという感じです。余計な算段とかよりもまず、音楽をできている喜びとか、それを共有できている喜びとか、小さな世界かもしれないけど、例えばこの場所でこれだけの笑顔を増やせたとか、あるいはこういう作品を提示して新たな音楽の可能性を提起できたとか。ものすごく音楽人としてのベーシックな喜びに立ち返ったら、すごく楽になりました」
――でも、それですぐ物事が上手くいくというのとはまた違う話ですよね
「いやそれがね、不思議なことですけど、上手く回り始めました。この仕事がいくらでとか、これは締め切りがいつで、でもこれをやっていたら息子との時間がなくなって、という論法だと、その中で考えている以上はにっちもさっちもいかない。例えば時間。今こうしてお茶している時間を1時間持ったら、例えば1時間作曲する時間が削られるとか、育児の時間が減るとか、ということになると、もう時間なんていくらあっても足りないと思うんです。でも、例えばここでお茶したことが、他の色んな物事に繋がって拡大していく、実りになっていく、というようなことじゃないですか。あるいはそういうことに感謝することとか。もちろん理屈ではわかっているし、あるいは自分は周りよりもそういうことは実践できていたとも思っていましたけど、でもやっぱりそうじゃなかったということに気づけた。本当の意味でそういう姿勢というのは、こういうことなのかなということにも気づけた。気づいたというよりは、今自然とそう取り組めているということですね、おそらく。今強く思うのは、人だなと。本当に人ありきだから、人をとにかく繋げようとしています。だからお金のことは全然今考えてなくて。そうすると、でも本当にそうなんですけど、勝手にあとからついてくるわという感じです」
――今は意識的に人と繋がろうとしているんですね
「それがあるべき姿だなと思ったので。これは僕のある種の使命だなと思うわけですよ。音楽をやっているものとして。そういう風に社会に役立たせてもらいたいと思ったわけです。今回、コンクールに通る自信があるとかないとか、そんなことは本当に何も考えてなかったんですけど、でも何故かわからないけど、ここ何か月かは通ったことを前提に過ごしていて。だから色んなところに顔を出して、吹奏楽関係で色々と新しく繋がったりとか、新しい出版社にあいさつしたりとかしていたんですよ。通る前に」
――昨年まではそういうことはなかったんですか?
「全然しなかったです。昨年はちょっと引きこもり気味だったんで、むしろ避けていました。今年は今そういうマインドなんで、賞云々は関係なく多分そういう行動は取っていたんです。それもあって、勝手に未来は明るかったですね。不思議なんですけど。絶対通るとか、通る自信があるないとかじゃなくて、なんかもう通っている体で過ごしていて。僕は11年前に初めて朝日作曲賞に出して初めて本選に行きましたけど、あの時、もし通っていたとしても、次に繋げられたかなあと思うと、多分生かすことができなかったんじゃないかなと思いますね。そういう意味では、今はそういう準備が結構できているなという感じはありました。通っていても通っていなくても充実しているんで、そういう余裕もプラスだったのかなと思っています」
<「アートに生きる」につづく>
朴 守賢(パク・スヒョン)
1980年2月、大阪生まれ。
大阪音楽大学音楽学部作曲学科作曲専攻出身。
吹奏楽、管弦楽、室内楽、民族楽器、合唱、歌曲、朗読音楽、等の作曲・編曲
TVドラマ、CM、映画、劇音楽等の劇伴音楽制作
クラリネット、リコーダー、雲南の横笛「巴烏」(Bawu)等の演奏
指揮、音楽指導
音楽を通した世界各地での芸術国際交流
等で活動中。