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吹奏楽への思い
――朴さんはしばらく、意識的に吹奏楽から少し距離を置いていたという話がありましたけど、どういうところが近づけないと感じていたんですか?
「今の僕は、僕が問題だと感じていることも、存在として理解はしています。つまり認めているし、必要だとも思っているし、いい面ももちろんある。ただ、これもバランスの問題なんです。非常にバランスが悪い。まず今の吹奏楽界はアマチュアを中心に回っていて、多くの団体はコンクールでいい賞を取りたい。もちろん、賞の前にいい音楽をして、結果的にいい賞があるんだよみたいな論調も最近はよく見受けられるし、『響宴』や『バンド維新』みたいに、意欲的でいろんな可能性を開拓している運動もありますが、それでもコンクール市場が中心だと思うんです。コンクールのおかげで日本の吹奏楽が大きく発展してきた側面もあると思うので、良くも悪くもですけど。そのためコンクールでいい賞が取れそうな音楽が持てはやされますよね。そうなると、いわゆる勝ちパターンがあるから、その勝ちパターンにはまる曲が好まれる、好まれるから作曲家はそういう曲を書く、売れるから出版社はそういう曲を売る、そういう曲が欲しいから先生は買う。ひとつのビジネスサイクルができあがっているんです。それでここ10年は大きく発展してきていると思います」
――ここ10年のことなんですね
「吹奏楽界でいわゆる『邦人作曲家』と言われる人達や、出版社の数が以前より増えたのはそうだと思います。ここ10年のことですよ。学生たちはそういう曲をたくさん演奏するわけですよね。そうすると、毎年違う曲をやっているように見えて、音楽の構造だけを抜き出せば全然変わりがなかったりとか、あるいはストーリーがあって、そこに食いつくみたいな。だからミュージカルみたいな曲が多いですよ。物語に乗ってじゃないと音楽が歌えない、音楽を表現できないというのが非常に多くなっている。そういう音楽もいいけど、もちろん音楽はそれだけじゃないじゃないですか。吹奏楽も音楽なので。でも主流は本当にそんな感じです」
――でもこれから、朴さん自身がそういう世界に入るわけじゃないですか。オーダーがあって書くわけだから、むしろそういう曲ばっかりになる可能性が、忙しくなればなるほどあると思うんです
「あります、あります。そこはだから、見失ってはいけないなとは思います」
――それはそれでアリだけど、バランスはちゃんと見ておかないと、ということですね
「そうです。例えば僕は関西現代音楽交流協会とか、純粋に音楽を追求した発表の場を継続的に持っていますけど、そういう場がかなり大事になってくると思います。そういう傾向になればなるほど。これから色々と吹奏楽の曲を書かせていただくようになって、今の流行りのスタイルで書くことを要求されても、僕はその中できっちり勝負したいし、そのオーダーの中でちゃんと、僕が思うあるべき理想の音楽というのを体現したいし、子供たちにも自信を持って演奏してもらえるような、聴いてもらう人にちゃんと聴いてもらえるようなものに挑戦していきたいし、そこに向かいたいです。でもそれが曲がってしまって、曲を書くときに、こういうスタイルで書いたら売れるなとかいう思考が、あってもいいけど、それが音楽より先行してしまったらもう終わると思います。すぐに終わると思うんです」
――終わるというのはどういうことですか?自分の中で終わるということ?
「そうです。他の作家の方々のことではないですよ、みんなそれぞれスタイルや哲学がありますから。僕という人間としては終わってしまうということです。僕の思っている目的ではなくなってしまっているから。でも売れるということは、多くの人が好んでいるということだから、その分多くの人が、ある部分ではハッピーになっているということですよね。それはとてもいいことですし、だからそのような側面をリスペクトした上で、バランスを大切にしながら自分の役割を全うしたいと思いますね。その結果たくさんの方々に取り上げてもらって、吹奏楽や音楽の新たな魅力や側面を共有できたら嬉しいです」
――朴さんの役割というか、吹奏楽界での立ち位置はどういうところだと考えているんですか?
「僕の基本的な立ち位置としては、音楽芸術としての吹奏楽を開拓しようとしています。だからコンクールを前提とした尺とか内容とか編成というのを、しばしば無視しますね。もちろんそういうオーダーがあって書くときもあるんですよ。あるんですけど、前提としてはそうです。でもさっきも言ったように、今はそれしかやらないというスタンスじゃないので、できるだけ色んな形で貢献したいと思っています。例えば難易度が易しいイコール内容も薄いという曲が結構多くて、初心者でも取り組めるような、難易度がそんなに高くないけども、でも音楽作品としてすごく内容のある、取り組みがいのある曲というのが意外と少ない。例えばそういう曲を書いたりとか。吹奏楽の教育的側面は絶対に無視はできない。それは全然否定しているわけでもなく、むしろ吹奏楽が持っている魅力のひとつでもあると思うんです。僕が今思っているのは、魅力の部分をより広げて、より多様化したいというか、より充実させたいんです」
――今主流になっている音楽はその役割としてあって、朴さんはその流れがカバーしきれていない部分の魅力をもっと広げていきたいということですね。音楽芸術的な吹奏楽作品というのは、これまでにも例えばシェーンベルクとかヒンデミットとか、ありますよね。いわゆる吹奏楽の作曲家ではない作家の作品が。でもそれだけと、巨大なアマチュア市場にぽこっと単発で入っただけのことで……
「なかなかウェーブは起こりにくいですよね」
――朴さんは、それを中に入ってやろうとしているということなんですね
「そうです。今までは外から投石していたようなイメージです。今やありがたくも、がっつり中に入り込めるわけですから」
――まさにそうですよね。これから課題曲の作曲家としてのキャリアがいよいよ始まりますね
「今度、中学校で職業体験学習の一環で講演をするんですけど、子供たちに自信を持ってこう言いますね。諦めるなと。信じて、感謝して、努力していけば実ると。本当に自信を持って言えます。自信を持って言いたい、できるだけ伝えていきたいです」
<「暁闇の世界観」につづく>
朴 守賢(パク・スヒョン)
1980年2月、大阪生まれ。
大阪音楽大学音楽学部作曲学科作曲専攻出身。
吹奏楽、管弦楽、室内楽、民族楽器、合唱、歌曲、朗読音楽、等の作曲・編曲
TVドラマ、CM、映画、劇音楽等の劇伴音楽制作
クラリネット、リコーダー、雲南の横笛「巴烏」(Bawu)等の演奏
指揮、音楽指導
音楽を通した世界各地での芸術国際交流
等で活動中。