2014-07-13 朴守賢 インタビュー 4/8

  • アートに生きる

――生き方のシフトチェンジによって、作曲に対する取り組み方も変化してきたんですね

「苦しんでいた時期やもしくは20代と大きく違うのは、僕の中で僕の追い求める音楽はもちろんですけどずっとありますけど、それに固執はしなくなりました。『こういう音楽を書くのが自分のアートだ』というところにいましたけど、あるいは多くの人がそこにいると思うんですけど、僕は今、生き方自体がアートだって言いたいです。生き方をクリエイティブにしたい、アートに生きたい。曲を書く絵を描く物を作るという意味を通り越したアート」

――生き方がアートであれば、枠にはこだわらないってことですか

「こだわらないですね、こだわらないです。その時にできた縁で、その時に持ち上がった話で、自分の手によってそれがより幸せな形になれる方法を考えることは、アートだなと思うわけですよ。だからそこにジャンルとかの縛りはないですね。この間、CMの音楽をやったんです。過去にCMもドラマもやったことがあるんですけど、ここ数年はご無沙汰だったんです。それは多分、自分で線を引いていたから。もう今さらDTMに付いていけないとか、自分のフィールドじゃないな結局とか、やっぱり生楽器でしょとか。でもそういう窮屈な縛りから抜けて、もっと自分の持てる力を今生きているこの世界のために発揮したい、そのために自分のやれることを、もっともっとやろうと思ったわけです。自分で言うのも何だけど『俺、もっとやれることいっぱいあるやん!』と思いはじめて、じゃあそれを何でやってないんだと。そしたらその分世界は動くし、色んな失敗もあるかもしれないけど、それで自分も成長できる。周りも音楽によって少しでもよりよい時間になるのであれば。そんなことを思っていたらCMの話がきたりとか、今年はずっとそんな感じです」

――ひとつの枠だけじゃない広がりが出てきたんですね

「趣味嗜好は基本的には変わってないので、じゃあこだわりがなくなったのかというと全然そんなこともなくて。取り組み方、生き方として根本的なスタイルが、本当の意味でより深くなったというか。変な守りを抜いて見てみると、色んな形で色んなアートを生み出せる。それはよく考えたら自分がやりたかったことだなぁとも思いますし。きっと僕はそういう人なんだろうなと思うわけですよ。家庭も顧みずに、かきむしりながら血を流しながら、生涯を非業の死を遂げて、みたいなゴッホとかみたいなタイプではない。岡本太郎みたいなタイプでもない。それはあの強烈さにあこがれを抱いたりもしますけど、でも自分はやっぱりそうじゃないんだし、決して曲を書くしか能がないという人間でもない」

――朴さんは以前から、自分の中の世界と社会との接点というか、お互いが倒れたところで支え合うちょうどいいバランスみたいなのを、すごく考えていた気がするんです。そういう意味では朴さん自身はあまり変わってないんですね

「バランスは今もずっとあります。キーワードとしてある。そうなんです。基本的に変わってないんです。本当の意味でそこに向かって本気で人生をかける、ようやくかけ始めたという感じです。昔は結局、やっぱりなんだかんだ言って、自分のことが一番大事で、自分の欲しいもののために動くみたいなところも、きっとあったんだろうなと今だったら思います。今は本当に、真の意味でそういう貢献をしたいと思うし、自分は音楽家である以上は、やっぱり音楽でよりよい世界にしていきたい。そう掛け値なしに思えたのは、家族の存在はかなり大きいです。今はもう無敵のバランスですね。あ、ここか!みたいなところを見つけた」

「吹奏楽との関わり方」につづく>

朴 守賢(パク・スヒョン)

1980年2月、大阪生まれ。
大阪音楽大学音楽学部作曲学科作曲専攻出身。

吹奏楽、管弦楽、室内楽、民族楽器、合唱、歌曲、朗読音楽、等の作曲・編曲
TVドラマ、CM、映画、劇音楽等の劇伴音楽制作
クラリネット、リコーダー、雲南の横笛「巴烏」(Bawu)等の演奏
指揮、音楽指導
音楽を通した世界各地での芸術国際交流
等で活動中。