2010-04-13 音楽ジャンルの壁

クラシック愛好家や演奏家の中には、クラシック以外の音楽を拒絶する人が時々いる。
誰に聞いたのか忘れたけれど、小学生のとき「歌謡曲を聴くと耳が腐る!」と断言した音楽の先生がいたらしい。
まあ、そこまで極端じゃなくても、クラシックの演奏家にはクラシック以外のジャンルのよさや面白さがわからないという人は、案外多い。
その点では、僕は幸せものだと思う。
クラシックはもちろん好きだけど、一時期クラシックを全く聴かずにジャズばかり聴いていた時期があったし、実は密かにあるロックバンドのファンクラブに入っているしと、音楽的な偏見が全くなく、それぞれのジャンルを楽しむことができているからだ。

クラシックで使われる楽器の中で、音楽的なジャンルの垣根が最も低いのは、ギターだと思っている。
現在のクラシックギター界には、ディアンス、ブローウェル、ヨークという人気作曲家がいて、それぞれに「タンゴ・アン・スカイ」「11月のある日」「サンバースト」という代表的な人気作品があるけれど、どれもいわゆる普通のクラシックとは雰囲気が違う。
「タンゴ・アン・スカイ」はその名の通りのタンゴ、「11月のある日」はキューバっぽい哀愁漂うメロディ、「サンバースト」は爽やかでかっこよく、ポップ・ミュージックに近い。
ギタリストたちは、従来のクラシックの枠からはみ出したこれらの曲を、クラシックの新しいレパートリーとして喜んで演奏している。
「クラシックとはこういうものだ」という偏見がない、ギター界の風通しのよさは、僕にはすごく好ましく映る。

ところで、クラシックの演奏家はコンサートホールだけではなく、ちょっとしたロビーやカフェなどで演奏する機会がある。
そんな時にはクラシックだけでなく、耳なじみのいい曲をプログラムに入れることが多い。
例えばヴァイオリン奏者だと、ほとんどの演奏家は「情熱大陸」のテーマをレパートリーとして持っている。
どうして「情熱大陸」がこんなに人気なのかはわからないけれど、とにかく町なかのちょっとしたミニライブなんかでは、この曲を演奏している人たちがものすごく多い。

これは、ある演奏家から聞いた話だけど、たとえそうした気軽な場所での演奏でも、クラシック以外の曲は弾きたくない、「情熱大陸」なんか弾けない!と主張しているヴァイオリン奏者がいるそうだ。
その話を聞いた僕は、「だったら楽譜に印刷してあるタイトルと作曲者を消して『クライスラー作曲』って書いて渡せば弾いてくれるんじゃないですか?」と冗談を言った。
ヴァイオリン奏者に最も愛されている作曲家のひとり、クライスラーの作品だったとしたら、きっと喜んで演奏するだろうという意味だ。
これはもちろん冗談だけど、でも実は半分本気だ。

僕らがかつて思い描いていた「クラシック」というジャンルの枠の境界線は、かなり前から徐々に崩れてきている。
「情熱大陸」がクラシック曲と認知されるべきかどうかは別にして、自分が今まで聴いてこなかった曲調のものを「これはクラシックじゃないから」という理由だけで盲目的に否定するのは、世界中のギタリストがクラシックのレパートリーにしている名曲を、「これ、押尾コータローの曲だよ」と言って渡されて、弾くのを拒むようなものだと思っている。
それじゃもったいないじゃないか!と思うのは、雑食人間のつぶやきにすぎないだろうか。