雨が運んできた6つのストーリー-Sumika.『音ノ雨』

《音が澄み香るサクソフォン奏者》Sumika.さんの2作目となるミニアルバム『音ノ雨』が届きました(※前作からアーティスト名の表記が微妙に変わり、最後にドットがつきました)。前作同様、まずはクラウドファンディング支援者にリターン品として届けられており、オンラインショップでの一般販売は11月27日からになります(発送は12月上旬予定)。前作のクラウドファンティングでは、2ヶ月余りの期間に173人から85万円を超える支援がありましたが、今回は人数・金額ともに前回を大幅に上回り、1ヶ月間で255人から160万円近い支援を受けて制作されました。

(前作『音ノ辞書』のプロモーション映像)

今回のアルバムのテーマは「雨」です。全ての楽曲は、インターネット上では「ものはっぱ」という名前で活動されている、ピアニスト兼作曲家の水谷健太郎さんによる書き下ろしです。ソプラノサックスとピアノによって、雨にまつわる6つのシチュエーションが描かれています。

アルバム全体の雰囲気として、これは「大人の雨」だなと思いました。1曲目『雨空散歩』には童謡『あめふり』のフレーズが何度も登場します。でもそれは、子供が『あめふり』を歌っている様子ではなく、そんな子供時代を思い返している大人が主人公です。2曲目の『君と絹傘』は作曲者の解説によると、傘を貸してくれた女性に一目惚れした青年の思いということですが、これも実にしっとりとした大人の感情です。例えばもし彼が高校生だったとしたら、もっとダイレクトに「好き!」「付き合いたい!」「手を繋ぎたい!」と妄想大爆発になるはずで、もう二度と会えないという事実をこんなにも物分りよく切なく受け入れたりはできないと思うのです(僕だけでしょうか……)。それはともかくこの曲は、すごく想像を掻き立てられます。この曲を元にした小説を書きたくなる気分です。きっとそのストーリーは、書きたい人の数だけあることでしょう。

3曲目の『五月雨のワルツ』は、梅雨の憂鬱を吹き飛ばすイメージで書かれています。これも雨を心から楽しむ無邪気な子供ではなく、長雨が憂鬱だという気分がどこかで抜け切っていない、現実的に生きる大人の姿が浮かんできます。4曲目『小夜時雨』は、時雨が降る月明かりの夜に、古民家の縁側に座って庭を眺めながら物思いに耽る様子です。僕はこの曲を聴いていると、お寺で座禅を組んで心を無にしているような気分になります。

このアルバムは、前半の4曲と残りの2曲とではキャラクターが違っています。アルバムのテーマは「雨」ですが、前半の4曲が描いているものは「雨」そのものではありません。どの曲も雨の中にいる「人物」にスポットが当たっています。実はこれは、1枚目のアルバム『音ノ辞書』との違いでもあります。極私的な感想ですが、『音ノ辞書』で描かれていたものは、風景そのもの、もしくはその風景から感じられる、言葉にならない抽象的な感情だったと思っています。一方、『音ノ雨』の4曲には人物の姿がはっきりとあり、その人物の感情の流れが、音楽の中のストーリーとして存在しているのです。

5曲目『夕立』と、6曲目『虹のソナタ』は人物ではなく、夕立と虹をそれぞれ直接、音楽で表現しようとしています。興味深いことに、自然を直接表現しようとしたこの2曲は、人物や感情にスポットを当てている4曲と比べて、よりスケールが大きくドラマティックな音楽になっています。それを意識して作曲されたのかはわかりませんが、いずれにしても自然というものは、人間を遥かに超えたスケールで存在しているということなのでしょう。個人的に楽しかったのは『夕立』で、作曲者は夕立を嫌なものではなく「ちょっと嬉しいハプニング」として捉えているんじゃないかなと感じました。

締めの言葉は前作と同じになってしまいますが、このアルバムも、Sumika.さんのソプラノサックスを聴いているという感覚ではなく、気がついたらただただ音楽の世界に没頭していました。でもそれは存在感の有無という問題ではなく、Sumika.さんの演奏技術、音色、音楽性などが、水谷さんの楽曲の世界と完全にシンクロしている証しなのだと思います。このアルバムは、Sumika.さんと水谷健太郎さんという2人の大人の、2020年現在の等身大の姿なのです。

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前作『音ノ辞書』の記事はこちら。