2008-08-15 ハットー・スキャンダル

今年の2月、英国クラシック界で大きく報道された事件がありました。
女流ピアニスト、ジョイス・ハットーの録音したCDに関するねつ造事件です。

ジョイス・ハットー(1928-2006)はイギリスの女流ピアニスト。1970年代に癌におかされステージでの演奏を停止したが、その後は闘病生活を続けながら録音による演奏活動を続けた。プロデューサーである夫の立ち上げたレーベルから100枚を超えるCDを発売。その演奏の多くが高い評価を得て「幻の名ピアニスト」として知る人ぞ知る存在であった。
しかし彼女の没後、ある評論家が彼女のCDをパソコンで再生したところ、全く別のピアニストの名前が表示されたことから、ねつ造疑惑が発覚。調査の結果、病に倒れて以後の録音はそのほとんどが、既に発売されている音源を利用した、別人の演奏によるものだったことが判明した。全く手を加えずにそのままコピーしたものや、音質だけを調整して雰囲気を変えたものの他、コンピューターによって速度を変化させるなどの巧妙な手法も使われていた。

英国では専門誌が大きく取り上げたほか、元ネタ探しが大々的に行なわれるなど、大きな注目を集めたようです。
ハットーの夫はねつ造の事実を認め、その動機を「病に倒れた妻の名が、このまま世間から忘れ去られてしまうのが辛かった」と語ったといいます。
ハットー自身の演奏の録音も試みてみたものの、痛みに苦しむうめき声が入ってしまうなどしてうまくいかず、最初はある一部分を他人の演奏に差し替える程度だった偽装が、そのうち徐々にエスカレートしていったとも。
他人の録音を自分のものと偽ったことはあってはならないことですが、夫の話が本当だとするならば、何とも言えないやり切れなさを感じてしまいます。

ハットー・スキャンダルは日本ではさほど話題にはなりませんでしたが、僕はこの事件を聞いたとき、大きな衝撃を受けました。
コンピューターを使ったねつ造の手口にも驚きましたが、それ以上にショックだったのは「耳の肥えたマニアなファンでも、全く同一の演奏を聴き分けることができなかったのか!」という点でした。

ハットーの演奏として発売された録音には、世界的に有名なピアニストの演奏を何の加工もせずにそのままコピーしただけという大胆なものも含まれていたそうです。
ジョイス・ハットーというマニアックなピアニストの演奏を買い求めるほどの人なら、きっと元ネタとなった有名な演奏も聴いたことがあったでしょう。
彼女の生前から「病人にしては上手すぎる」と疑惑の目を向ける人はいたようですが、パソコンに表示された別人のピアニストの名前を偶然見つけるまでは、それが全く同じ演奏だと指摘する人は誰もいなかったのです。

以前、僕は自分の勉強を兼ねて、週ごとに1曲を選び、数種類の異なる演奏を聴き比べてレビューするという企画ブログを作ってみたことがあります。
しかし1年間52曲で完結させる予定ではじめたものの、わずか3ヶ月で挫折してしまうという、少々みっともない結果に終わってしまいました。
毎週4~5枚のCDをじっくり聴き比べる時間がなかなか取れないという理由もありましたが、それよりも負担になっていたのは、パッと聴いただけでは演奏の違いがよくわからないものがあるということでした。
テンポの速さや硬軟の印象、音色などが明らかに違う場合はいいのですが、オーソドックスな解釈の同じような系統の演奏が並ぶとお手上げです。
ある一部分に絞って何度も何度も聴き直し、やっとその違いを言葉にできるような有様でした。
自分の耳の頼りなさにがっかりしつつ、時間がないのを便利な言い訳にして、結局ブログの更新を放棄してしまいました。

コアなファンの代表格とも言えるうちの店の先輩スタッフの方々を見ていると、どんな演奏に関しても、お客様にその特徴を瞬時に的確にアドバイスしていて、答えられない質問などないように思えてしまいます。
でもハットー・スキャンダルのような事件が起こるということは、そんな彼らをもってしても、全ての演奏の違いを聴き分けることは容易ではないということなのでしょう。
コアなファンと僕とではレベルが全然違いますが、かつて自分の耳の頼りなさにがっかりした身にとっては「マニアックな人にも聴き分けらないことがあるんだ」という事実に、なんとなくホッしたりもしました。

もっとも、純粋に音だけを聴いていると思っていても、実際には演奏者の名前やレコード会社といった、音以外の情報によって印象が作られている部分もかなりあるのではないでしょうか。
ましてやハットーの場合、まさかそれが別人の演奏だとは誰も思わないでしょうから、「病魔と闘う幻の名ピアニスト、ジョイス・ハットーの演奏」という情報が加えられることで、同一の演奏でも印象が違ってくることは充分に考えられます。
僕らは本当はどこまで芸術家の作り出す音楽を感じることができているんだろう……。
ハットー・スキャンダルは演奏ねつ造の非が問われた事件ですが、僕にとっては音楽の聴き方を自問させられという意味で、忘れることができない事件となりました。

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