2009-06-13 社会に飛び出す音大生たちへ

「音楽大学を卒業して、何でうちを受けるの?」

音楽大学や芸術大学で音楽を勉強している学生が一般企業に就職しようとするとき、面接官に必ず聞かれるそうだ。
もし僕が面接官でも、やっぱり同じことを聞きたいと思うだろう。
幼いころから習ってきた音楽を辞めるということは、クラシック系の楽器の場合は特に「あきらめる」「もったいない」といったマイナスの印象を与えることが多い。
「本当はずっと音楽だけをやっていたいけど、それでは生活できないから仕方なしに仕事に就こうと思っているんじゃないの?」
キツい言い方かもしれないが、でもそう思われているんじゃないかということは、多分音大生自身もわかっている。

「で、あなたは何ができるの?」

これもまた、音大生が一般社会に飛び出そうとするときに、避けては通れない質問だ。
今は音楽大学でも、卒業後は一般企業に就職したいと考えている学生はたくさんいる。
でもそう思う一方で、心のどこかで「せっかく続けてきた音楽から離れるのはもったいない」と感じている人は多いと思う。
彼らは就職活動を続けながら、まだ音楽の世界と一般社会との狭間で迷っている。
「音楽のことしか勉強してこなかったんじゃないの?」という目で見られる面接会場で彼ら彼女たちは、そうしたマイナスのイメージを吹き消すために、多少強引でも前向きなアピールをして、面接官と自分自身を納得させなければいけない。

曰く、ひとつのことを突きつめる集中力を培ってきました。
曰く、みんなで音楽を作り上げる協調性を養ってきました。
曰く、人の心を思う感受性を養ってきました。
その経験を生かして御社に貢献したいと思います。

実に優等生的な回答。
確かにそうだと言えばそうなんだけど、でも、どうもスッキリしない。
それは本当の気持ちなのかな?

ところで。
乱暴に言い切ってしまえば、音楽は手段だと僕は思っている。
そこには必ず目的がある。
音楽は例えば、誰かに何かを伝えるという目的を果たすための、あるいはその場の空気を美しく飾るという目的を果たすための、手段のひとつに過ぎない。
その過程の中でより美しい音を届けたいという気持ちが、芸術を生んだのだろうと思っている。
本当の目的は音楽そのものではなく、音楽の向こうにある。
そして、自分の本当の目的に気づいていない人は多いんじゃないかなと思う。

「あなたはなぜ音楽をしているのですか?」

曰く、自分の演奏で誰かが喜ぶ姿を見るのが嬉しいからです。
曰く、こんなに素晴らしい曲があるんだってことを皆に教えたいからです。
曰く、難しいフレーズが上手く演奏できるようになるのが楽しいからです。

と、ここまで考えてみてあなたは思う。
この気持ちが、自分の本当の目的だったとしたら?
それを叶える手段が音楽じゃなくて別のことでも、同じ満足が得られるとしたら?

はい、自分が提案したプランでクライアントが喜んでくれるのが嬉しいんです。
はい、こんなに素晴らしい商品があるんだってことを皆に教えたいのです。
はい、複雑な工程を経て上手く組み立てるのが楽しいんです。

自分の気持ちに正面から向き合えば、幸せの形はいくつも見えてくる。
音楽にじっくりと取り組んできた中で自分の本当の目的に気づいたのなら、今までやってきたことは無駄じゃないし、ましてやマイナスのコースではない。
これは音楽に対しても社会に対しても正直になれる、ひとつの考え方じゃないかと僕は思っている。
音楽の世界から社会にまっすぐ通じている道は、きっとある。

がんばれ音大生。