2009-06-06 音楽家にとって幸せなこと

先日、オーケストラの演奏会を聴きに行った。
転職のあいさつのために、関西のあるオーケストラに所属している友達にメールをしたのがきっかけで、演奏会に招待してもらったのだ。
数年ぶりに聴くそのオーケストラは、最近主力メンバーが何人か抜けて演奏の質が低下しているんじゃないか、なんていう噂も聞いていたけど、珍しい曲目だったこともあったのか、充分に楽しむことができた。
終演後、楽屋口から出てきた友達と落ち合って、駅の近くの店で1杯飲むことにした。

オーケストラというのは一見すると華やかな世界で、ひょっとするとお金持ちの集まりのようなイメージもあるのかもしれないが、現実はほとんどの団体が非常に厳しい台所事情を抱えている。
団員の給料は世間一般の給料と比べても、その専門性の高さを考えても、絶望的と言ってもいいぐらい安い。
そして、近い未来にその状況が劇的に改善される可能性もこれまた現時点では絶望的で、ほとんどゼロと言ってしまってもいい。
団員たちはオーケストラの給料だけではやっていけないから、大学や音楽教室の講師をしたり、ホテルや福祉施設などの小さな会場での依頼演奏などをしたりして、びっしりとスケジュールを埋めていくことで、ようやく華やかな世界に生きることができるのだ。
僕が職業演奏家をリタイアしたのは、裏方としての生き方に価値を見出したからなのだが、演奏家の収入の低さ、不安定さも全く無関係ではなかった。
こんな過酷な環境の中で、なぜ彼ら彼女たちは職業音楽家を続けていけるんだろう。

僕は今、この秋に本格稼動する音楽マネジメント事業を立ち上げるための準備をしている。
そのために調べなければいけないことが山ほどあった。
例えばホテルや福祉施設などでの演奏のギャラの相場はいくらなのか。
他にはどういう場所で演奏することが多いのか。
そうした演奏会は誰がスポンサーになっているのか。
現役オーケストラ奏者である彼女にも聞いてみたいことがたくさんあった。
ある程度オーケストラの内情を知っているだけに、久しぶりに会った友達とお金の話をするのはちょっと気がひけたが、事業を始めるにあたって何の手がかりもない僕の現状を話して、給料やギャラの話なども聞いてみた。

リアルな金の話を聞けば聞くほど、彼女がにこやかに話しているのが不思議なくらい、明らかに大変そうだった。
演奏家のギャラの相場を聞き出そうとしていたけど、こんなに大変なんだから相場もクソもない。
もらえる報酬は高ければ高いほどいいに決まっている。
ところがその話の中で、彼女はふとこんなことを言った。

「でもさ、演奏家にとってはギャラの金額よりも、気持ちよく演奏できるかどうかの方が大事なんじゃいないかな」

彼女の言葉に僕はああなるほどねと相づちを打ちながら、内心ドキッとしていた。
そして自分が恥ずかしくなった。
彼女の言葉は見栄やプライドなんかじゃなく、演奏家としての本心から出た言葉に思えた。
どんなにお金をもらえるとしても、誰も聴いてくれなかったら演奏する気にはなれない。
そこが音楽にとって幸せな場所であるかどうか、それがお金よりも大事なことだと彼女は言ったのである。

僕は、毎日事務所で数字だらけの資料をにらみながら、どうすれば儲かるのかを考えて電卓を叩いているうちに、いつのまにか心が曇ってしまっていたようだ。
お金だけにとらわれすぎて、人の心が見えなくなってしまっていたのだ。
僕だってきっと、演奏家として活動していた頃だったら彼女と同じことを言ったと思う。
「お金じゃないんだよ」と。

僕は今でも演奏家の立場に近い気持ちを持っていると思っていたのに、本当はそうじゃなかったことに気づいてショックだった。
彼女と別れてから電車に乗っている最中も、彼女の言葉がグルグルと頭の中を回っていた。
でも、それで気分が落ち込んだかと言えばそうじゃなくて、お金以上に大切なことに気づくことができて、とてもスッキリとした気分だった。
明日からの僕は、きっと昨日の僕よりももっと素晴らしいプランが思い浮かぶに違いない。

リニューアルした最初にこのエピソードを紹介できることは、ラッキーなことだと思う。
自分の初心をこの場所に刻んでおくことができるから。
これからも僕はずっと、音楽によって人と人とを繋いでいきたいと願っている。
その気持ちはずっと忘れないでいたい。

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