「再演・邪宗門」 11-映像作家ビル・ヴィオラの衝撃

モノオペラ「邪宗門」に映像を入れるというアイデアは、2008年に来日したパリ国立オペラ(パリ・オペラ座)の「トリスタンとイゾルデ」がひとつの動機となっている。この公演はフランスを代表するオペラ団体の初来日というニュースと共に、映像を伴った新しい演出が話題になった。前田は映像作家の立場で、この来日公演に注目していた。
「トリスタンの映像を、ビル・ヴィオラという映像作家が担当したんです。音楽界ではパリ・オペラ座で初めて知られた作家かもしれませんが、現代美術においては既にすごく評価されている人です。『ミレニアムの5天使』という作品は、人が水の中に飛び込んで大量の水泡が出ているのを逆再生して、ぶわっと水面に人が浮かび上がってくるのを超スローで見せていくんです。他にも人が炎に包まれていく映像とか、群衆に大量の水が激しくかぶっていく映像とかを、すごいスローモーションでやる。水とか火とか、エレメンタルな質感を高精細にとらえて、そこにある種の神性を感じさせる映像を作っているんです。
トリスタンの映像もこのような手法を使って作られたんです。僕はチケットが取れなくて公演には行けなかったんですけど、平野さん、堤さん、一紀さんが見られて非常に衝撃を受けたというんですね。オペラで映像を使うという可能性をすごく持たれたんです。これを見ていなかったら、映像の話はおそらくなかったんじゃないかな」

この公演を見に行った佐藤が最も衝撃を受けたのは、第2幕でトリスタンとイゾルデが逢引きをするシーンだ。たいまつの火が消えるのを合図に、久しぶりに出会った2人の愛の場面が始まる。そのシーンを語る佐藤の口調は熱い。
「びっくりしたのは、リアルタイムで進行しない部分があるんですよ。クライマックスになったあと、もうオーケストラが収まっているのに、映像で火は燃え続けているんです。その後ぐらいに水がぶわっと出てきて、火がばっと消えていく。もうね、完璧にずれているんですよ。これ、かっこいい!と思って。音楽は静まっているんだけど、目で見ている映像はまだ燃え盛っている。このギャップが空間の歪みみたいなものを作っていて。そうすると自分の中で、何を聞いているのか見ているのか……これ何だ?!と思ったんです。
例えば今、CGの映画とかは、効果音に対して映像が絶対ずれないじゃないですか。1秒も0.1秒も。ずれちゃだめだって思うじゃないですか。でもそうじゃなくて、完全にずれているんだけど、テンポの違うものが同時に進行することで生まれる、音と映像との3D効果みたいなのにもう圧倒されて、やられちゃったんですよ。完全に打ちのめされて。これはすごいって。同じ音楽を聴いているのに全然違う空気にさせられる、映像の力っていうのを思い知らされた。そこまでいいと思ってなかったのに」

佐藤のこの興奮は、もちろん前田にも伝えられた。
「最初の顔合わせのときに言われました。音楽があってそれに映像が同期することは普通に考えられるんだけど、そうではなくて、ずれてさえもなお、お互いが響きあう、そういう映像効果が欲しいんだと。映像というのは時間軸を持っている。音楽も時間軸を持っている。それらが単にシンクロするだけじゃなくて、ずれたりするときにも絶大な効果を発揮する。非常に複雑に絡めるんですね。映像と音楽と両方の時間軸が呼応したり反発したりしながら、共感覚のようなものが喚起される、そういう感じが得られたら一番ですね」

モノオペラ「邪宗門」はオペラという形式の音楽作品であるが、一方で視点を変えると、北原白秋の詩に基づいた、生演奏を伴った映像作品であるとも言える。それはパリ国立オペラの「トリスタンとイゾルデ」が、ワーグナーのオペラとして評価されているだけではなく、美術の分野では”ビル・ヴィオラの映像作品”として認知されているのと同じことだ。
共感覚とは、あるひとつの刺激に対して、本来の感覚だけでなく、別の異なる感覚も同時に生じさせる現象を指す。音楽と映像が同じ濃度で混ざり合ったとき、音でも映像でもない、別の新しい感覚が生まれるかもしれない。それが前田の狙いだった。