「再演・邪宗門」 07-葛藤と共鳴2

堤聡子は平野と同じ年に京都市立芸術大学に入り、ピアノ専攻で学んだ。卒業後の数年間は、表立った演奏活動はほとんど行なっていない。芸術家として更に進化し飛躍を遂げるために演奏活動を封印し、個人で先生に習いながら修行を積むというストイックな道を選択する。そして2003年、満を持してエントリーした第7回松方ホール音楽賞で、大賞を受賞した。それを機に演奏活動を解禁、2005年には受賞記念リサイタルを行った。
大切な節目となる受賞記念リサイタルのために、堤は平野に新作を委嘱した。学生時代を含めて、それまで平野作品を何度か演奏していたが、自分のために曲を書いてもらうのは初めてだった。堤には、今の自分は平野との葛藤の末にここにいるという実感があった。だから、ピアニストとして自分が何を表明して舞台に立てばいいのかと考えたとき、平野の作品は必ず入れなければならないと思っていた。
そこには、夫婦だからお願いしたという手軽な気持ちは全くない。好きな曲だからとか、得意だからと選んだものでもない。このとき堤が芸術家として踏み出すことができる道は、そこしかなかった。

そんな堤の依頼に応えた平野の作品が、平家物語を題材にした「水底の星」である。物語の終盤に置かれた「六道之沙汰」で、壇ノ浦の戦いで敗北を悟った平氏一門が海に身を投げる中、平清盛の娘である平徳子(建礼門院徳子)は心ならずも生き残る。そして西国から京へと運ばれる途中、明石の浦で見た夢の中で水底に墮ちた平家一門と再会し、自らの過去を仏教の「六道」になぞらえて語るという場面だ。
平野に初めて曲を書いてくださいとお願いしたときに、そんな題材の作品が出てきたことが、堤にはすぐには信じられなかった。
「それまでにも、もし一緒に仕事をやるなら例えばこんな題材で、という雑談くらいはしたことがあったから、自分にも腑に落ちる内容になるだろうという、今にして思えば淡い幻想がありました。それが、クリスチャンの私に”六道廻り”みたいなものをぶつけてくる。まあショックでしたよね」

もちろん平野は、堤の存在を無視して自分の趣味で曲を書いたわけではない。平清盛とゆかりの深い、神戸という土地で育った堤だからこそという思いがあったし、音楽家としての堤のこれまでの歩みを、建礼門院徳子の姿と深いところで重ね合わせてもいた。そして何より、堤聡子の可能性を信じていたからこそ、作ることができた作品だった。
「僕は堤さんというピアニストは、すごく面白いと思っているんです。ストイックというか、とっても清潔な人だと思う。高潔というか。そういう部分が真ん中にあるんだけど、自分が触れたことがない別な世界を前にした時に、結局はそこに踏み出さざるをえなくなるタイプの人だと思っているんです。
レパートリーの変遷を見ていても、自分はロマン派の音楽が全くわからないと言っていたはずなのに、そのロマン派の一番ど真ん中のシューマンみたいな人をすごく取り上げるんですよ。それで素晴らしい演奏になるんです。そのあり方が僕はすごく興味深いですね」
「水底の星」は、受賞記念リサイタルに先駆けてまずモスクワの音楽祭で初演されることになり、その楽曲と凄みのある演奏は現地で大いに評判になった。

これまで堤は、常に内蔵がよじれそうな違和感と戦いながら、平野作品と向き合ってきた。結局のところ、堤は平野の意図を汲み取ることができたのだろうか。
「私の場合、オロチだとか平家物語だとか、私とは何の縁も感じない世界だと思えるようなことを、なぜかずっとやるはめになって、書いた本人は、私だからそうなんだって言うんだけど、それがいまいちわからなかった。
でも、最初の委嘱作品がなぜ平家物語でなければだめだったのか、上手く言葉では説明できないけれど、きっとそれは必然だったんだろうと、今になって時間差で実感するんです。何年か経って振り返ったときに、こういう意味があったのかなと。
それを実感できるようになったのは、邪宗門の存在が大きいと思います。邪宗門はまさに、土着のものと外来のものとの葛藤じゃないですか。それは私と平野がやりあってきた内容そのものに感じることがあるんですよね。そのベースには、我々のすごく個人的な葛藤とか、表には現れないものがあることを私は感じるから。邪宗門という素材で大作をやらなきゃいけないと、彼は何かで思ったんだろうし、私は多分、それが出てきたことが嬉しかったんです」

モノオペラ「邪宗門」は堤にとって、平野から生まれた世界を素直に受け入れることができる、初めての体験だった。そしてそれは、過去の平野の投げかけを読み解くための入口でもあった。それまで何度も衝突をくり返してきた2人の間に、ようやく共有できる世界がはっきりと現れた。
平野が邪宗門を題材にした作品を書くと知ったとき、堤はこうつぶやいた。
「やっときたか」
それは何年もの歳月と、万感の思いが詰まった「やっと」だった。

Share this...
Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter