「再演・邪宗門」 14-再演・邪宗門

 2011年1月、モノオペラ『邪宗門』はお披露目となる2日間の公演を終えた。音色工房のメンバーはみな、それぞれに大きな手ごたえを感じていた。ぜひ再演してほしい。そんな熱い声が届いていた。ぜひ再演したい。その思いは初演が終わった直後から自然に湧き上がった。
東京に帰った吉川は、『邪宗門』の公演が記録されたDVDを持ち歩き、それを色々な人に渡して東京で再演できるチャンスを探った。
「やはり素晴らしい曲なので、もう一度演奏したい。例えばこれが古典的な名作オペラだったら、これからも演奏の機会はいくらでもあるだろうし、他の団体もできるだろうけれど、『邪宗門』は自分たちが上演しないと、また世に出ることはなかなか難しい。もっと色んな人に聴いてもらいたいという思いがあります」
しかし再演のチャンスを探す活動は、突然中断せざるを得なくなる。2011年3月11日、東日本大震災が発生した。
「そこでちょっと意気消沈して、新しい企画を東京で売り込む時期は、もうちょっと先になるのかなと漠然と考えました。でも今でも東京の人にも観てほしいと思っているんです。聴いた人はきっと熱狂しますよ。取り憑かれたもんなぁ……」
前田も吉川と同様、再演を熱望しているひとりだった。
「これだけの作品がたった2回の公演で終わってしまうのは、とても考えらないですね。2時間をこの密度で作っていて、これで終わりというのはあまりにももったいない。もっと多くの人に見てほしいし、もっと意見が欲しかったし、特に美術の分野の人にもっと見てほしい。もしも再演が無理ならDVDを作って広げていくとか、何かを継続していかないと」
前田は作り手として、質の高いオペラ作品を作ることができたという、大きな手ごたえを感じていた。

 堤はピアニストとして、まだまだやり尽せていないという思いがあった。『邪宗門』のピアノパートは、オーケストラ全体を支える屋台骨としての役割を担っている。自分のパートに集中するだけではなく、誰よりも全体の動きを把握し、周囲に気を配らなければならなかった。
「もちろん自分なりに内容を理解したいと思ってやっていたけれど、それがトータルとしてどういう体験として提示されて伝わっているのか、自分で見ることができていない部分があります。それは何回もやって作り上げないといけないことだろうし、『邪宗門』はそれに足る作品だと思います。凄く多面的な作品だから、答えがひとつというわけではない。それが魅力だし、再演したいというエネルギーになっていると思います」
しかしだからといって、堤の口からすぐにでも再演をしたいとは言えなかった。モノオペラ『邪宗門』は管弦楽の人数を絞ったとはいえ、指揮者、歌手、15人のオーケストラが出演する舞台作品だ。映像を写すための特別なスクリーンや、舞台スタッフも必要になる。そして初演では、全国から選りすぐりのプレーヤーが集まった。芸術的な充実と引き換えに、音色工房を主宰する平野と佐藤は、経済的な負担を抱えることになった。堤はそんな2人の実情を間近で見ている。
「上演のために佐藤さんがどれだけ奔走したかも知っている。だから正直、再演したいというのは一紀さんに対して酷だと思った。自分からやろうとは言えなかったです。そういう心配を何もせずにできるなら、喜んでやりたいです。だけど、そう簡単じゃないですし」

 堤が心配する通り、『邪宗門』の上演に情熱を注いできた佐藤は、再演には慎重だった。
「もちろん、やりたくないわけじゃない。最初は自分が言い出したというのもあったし、音色工房の旗揚げだったからしょうがなかった。だけどやっぱり、経済的にちゃんとできる当てがないと、続いていかないんですよね」
その気持ちは、再演への思いが一番強いはずの平野も同じだった。夢と現実との狭間で揺れていた。
「だけど吉川さんが、また絶対にやりたい、東京でも絶対やりたいと言って動き始めてくれていました。前田君も、これはもっともっとわかってもらう必要がある、自分としても消化しきれていない、それを消化するためには何度も上演しないといけないということを言ってくれました。他のプレーヤーも、ばったり出会ったときに、ぜひ再演を!と言ってくれたんですよ。それはすごく嬉しかった」
平野は周りの熱い思いに勇気づけられていった。そんな中、2012年に音色工房の活動を応援したいという有志によって「音色工房支援倶楽部」という後援組織ができ、資金面でサポートするための体制が作られていった。こうしてモノオペラ『邪宗門』は、初演から2年を経た2013年2月22日に、関西を代表するクラシック専用ホールである、大阪のいずみホールで再演することになった。
「ナルシスティックに聞こえるかもしれないけれど、『邪宗門』という作品の世界を、本当にみんなに知ってほしいんです。映像や音楽家を含めたこのムーブメントのようなものを。それは新しい流派が出てきたとか、そういう大げさなものではないんだけれど、でもとても大事なことを含んでいる気がするんですよ。
これはあらゆる意味で特異な作品で、自分にとっても謎みたいなところがあるんです。ばらばらになってしまっている現代アートと現代音楽とか、演奏家と作曲家とか、お客さんと専門家の関係とか、そういう全ての境界の上にある作品なんです。そこから繋がっていく変化が起こるような、そういう作品なのかなと思っています」

 モノオペラ『邪宗門』は様々な思いを乗せて、再演に向けて動き出した。いずみホールでの再演が終われば、きっとじきに再々演の声が上がることだろう。そのうち東京での公演も行われるに違いない。そうして上演を繰り返していくうちに、いつか自分たちの手を離れて、色々な団体に取り上げられるようになるだろう。作品が独り立ちするそのときまで、5人の物語は続いていく。

<了>