「再演・邪宗門」 04-指揮者と15人の管弦楽

 モノオペラ『邪宗門』の楽器編成をあらためて確認しておこう。弦楽器はヴァイオリン4、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス。管楽器はフルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、トランペット。それにピアノを加えた15楽器。オーケストラと呼ぶには小さいが、室内楽と呼ぶにはやや大きすぎる編成だ。
この一風変わった編成を発案したのは佐藤だった。自分たちでオーケストラを雇うだけの予算がないという、シンプルな事情があったことは確かだ。しかしそれと別の観点で、大編成のオーケストラでオペラを作ったとしても、永く未来に残っていかないのではないかと佐藤は考えていた。
「今のオーケストラという形態は、多分残り続けないと思っているんです。おそらくもうちょっと小型化するか分割するかで、大規模なオーケストラというのは、どんどん世界から消えていくと思う。もちろん残るんだけど、数が減ると思うんですよ。だから僕らがやっているぐらいの編成のオーケストラだとか、室内楽の作品が増えると思うんですよね。未来にはフレキシビリティが求められるんです」

 佐藤が提案した楽器編成によると、弦楽器群はコントラバスを基点として、弦楽四重奏(ヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロ)が2組、左右対称に配置される。弦楽四重奏が2つあることで組み合わせの幅が広がり、弦楽器だけでも多彩なバリエーションが可能になる。
「これは弦楽器のほとんど全ての室内楽作品が演奏可能の形態なんです」と佐藤はいう。
「そこに管楽器を何人か置こうという話になった。そうすればフルート三重奏もできるし、オーボエ四重奏もできるし、クラリネット五重奏もできる。もうこれは完全に室内楽だよ。平野君がずっとやってきた室内楽の延長でありながら、オーケストラ的な合奏もできる最小限の形なんです」
オーケストラとしては不完全な編成であることを逆手に取って、常に集団で演奏しなければならないというオーケストラの常識から離れてみると、そこには様々な室内楽の可能性を秘めた世界が広がっていた。

 これまで平野の室内楽作品を数多く演奏してきた佐藤ならではのこのアイデアを、平野はどう受け止めたのだろうか。
「普通、演奏家からもしもそんなこと言われたら、絶対に受け入れられないでしょう。だけど佐藤さんの場合は、なぜか妙な信頼みたいなものを感じていて、佐藤さんが言うということは何かしらの直感が働いているに違いないと思うわけです。それが理に適っていれば受け入れるんですね。その理というのは、自分の中の必然ということとも関係する。佐藤さんはその時点で、当時の僕の作品世界の全体像を充分に把握した上で提案をしてきていることがはっきりわかったんです」
しかし平野は、この魅力的なプランをすんなりと受け入れることはできなかった。
「もちろん僕も、この編成でできたらやりたいに決まっている。だけど正直いって、経済的にとても成り立たないし、無理だと思ったんです」
過去には出演人数がもっと少ない演奏会を開催して、赤字を出したこともある。自分の作品の公演を行なう責任者としては、当然慎重にならざるを得ない。

 こうした楽器編成の問題とともに、新しいモノオペラを上演するためには、もうひとつの問題をクリアする必要があった。それはこのアイデアを提案した佐藤が最も痛感していた。
「『邪宗門』は絶対に指揮者がいる。その前に演奏した平野君の曲(ピアノと弦楽四重奏の『鱗宮』)は、演奏不可能なぐらい難しかったんです。もうリハーサルにならないんですよ、難しすぎて。あんな複雑なリズムを今度は15人で共有して、しかも歌と楽器を合わせるなんて絶対に無理です。多分演奏不可能だと思います。だから誰かが指揮をしなきゃいけないけど、限られた予算の中でこんな難しいことをやってくれるプロの指揮者なんているはずがない。だからといって、指揮をちょっとかじってますみたいなアマチュアの人にやってもらっても、多分まず音楽が理解できない。
そのときに僕の頭にピーンときて、『俺、振っちゃおうか?』みたいなことを言っちゃったんです。そしたら平野君はまんざらでもなくて。平野君は冗談が通じないから、俺が振るよって言ったら、『じゃあできますね』だって」

 平野の記憶の中では、このやり取りは少し雰囲気が違っている。それは、こんな大きな編成では経済的に難しいと、平野が佐藤に打ち明けるシーンから始まる。
「そうしたら佐藤さんは、いや、平野君できるよと説得にかかって、プレーヤーが何人で経費がいくらでとたくさんの計算を紙に書いて、その最後に『で、指揮を俺がするでしょ』と言って書き加えたんです」
どちらの記憶が正しいかは大した問題ではない。冗談めかした佐藤の語り口調を、額面どおりに受け取るわけにはいかないだろう。佐藤はこのころ、指揮者としての勉強を少しずつ始めている。自分が邪宗門の指揮をするという可能性は、決して冗談ではない選択肢として、薄々は考えていたのではないだろうか。
いずれにしても平野は、ヴァイオリニストでありながら、佐藤がそこまで言ってくれるのかと思ったのだった。つまり佐藤なりのやり方で、音色工房の共同主宰者としての責任の負い方を表明してくれたんだと平野は理解した。これは単に指揮者が決まったということ以上に、精神的に重要な出来事だった。それなら、と平野は思った。 「それなら、もしかしたら実現できるかもしれない」と。