「再演・邪宗門」 01-まつりのあと

2011年1月。モノオペラ「邪宗門」と題された作品が、京都と大阪で初演された。2時間を越える作品をひとりで歌い切ったソプラノ歌手の吉川真澄は、京都での初演が終わった日の夜に、作曲家の平野一郎に電話をかけた。平野はその時のことを覚えている。
「吉川さんは、『艫(ろ)を抜けよ』を歌っているときに涙が出たと言ったんです。自分はまずそんなことは起こらないんだ、だけど今回の邪宗門はひとりで練習をしていても何度もそういうことがあった、今までそういう経験をしたのはシューベルトの歌ぐらいだ、とまで言ってくれたんです。それは本当に嬉しかった」
吉川が涙した『艫を抜けよ』は、全部で33曲ある邪宗門の第23曲に当たる。京都の公演では、次の第24曲『一炷(いっす)』が終わったとき、自然発生で客席から拍手が起こった。吉川は舞台で歌いながら、自分が幽体離脱をしているような感覚だったという。
「自分を通り越して、何かに歌わされているような感覚になった、本当に数少ない作品です。声に出して歌ってみると、どこかから何かが入ってくるみたい。練習のときから涙が止まらなくなったりしていました。平野君の書き方も、それこそ何かに取り憑かれて書いているところがあるような気がするんです。これはすごい作品だと思いましたね」
吉川のこの感覚は、自分が作曲しているときと同じものだと平野は思っている。
「どの曲もそうなんだけど、僕も曲を書くときに必ずそうなるんですよね。多分そういう風に動かされるというのは、自分の感情とは違うんだと思うんです。それを確実に演奏者が感じている……」

この新しい舞台作品を見た人々は、それぞれに激しい反応を示した。
ぜひもう一度見たいと熱烈に歓迎する人。言葉が聞こえないと怒る人。これまでの平野作品との感触の違いに拒否反応を示す人。邪宗門の世界に現れるキャラクターを全て表現し切った吉川の労をねぎらう人。様々な要素が複雑に絡み合った舞台を目の当たりにして、予習をしてこなかったことを後悔する人。
もしも聴衆全員から感想を聞くことができたとしたら、おそらく一番多いのはこんな声だったのではないだろうか。
“何が起こっているのかよくわからなかったけれど、とにかく凄い体験をした!”

モノオペラ「邪宗門」に関するデータを書いておこう。
正式なタイトルは「女声と映像、15楽器によるモノオペラ<邪宗門>」という。公演のサブタイトルとして「~南蛮憧憬(オクシデンタリズム)の彼岸へ~」と添えられている。
北原白秋の処女詩集「邪宗門」から選ばれた32の詩に、管弦楽のみで奏される1曲を加えた、全部で33の場面から成る。作曲者が記したデータによると、総演奏時間は1時間50分28秒。実際の上演は2時間を越える。
作曲したのは平野一郎。1974年生まれ、京都を拠点に活動している作曲家だ。これまでに管弦楽曲、室内楽曲など多くの作品を手がけているが、邪宗門は彼にとって初めての声楽作品だった。
2011年1月29日、京都のバロックザールにて初演。この公演は、平野が2007年度に受賞した青山音楽賞の「研修成果披露演奏会」として開催された。翌1月30日には、大阪のザ・フェニックスホールで上演されている。
15楽器の内訳は、ヴァイオリン4、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、トランペット、ピアノ。それに指揮者を加えた16人が、上演に必要な管弦楽団の人数ということになる。舞台には特殊な形状のスクリーンが設置され、映像が映し出される。モノオペラとは単一の歌劇と直訳される通り、登場する歌手は1人だけだ。

モノオペラのたったひとりの歌手として、北原白秋の詩の世界と、平野一郎の音楽の世界を一身に受けとめた吉川は、上演が終わった後もしばらく余韻から抜け出すことができないでいた。
「変な表現だけど、熱狂的な祭りに行った後に、自分の周りが空気から変わっているというか、まだその空気の中にいるみたいな状態があるじゃないですか。終わってからそういう状態がずっと続いたんですよ。でも、なぜかと言われたら、それはわからない。そうじゃない作品とどこが違うのかと言われてもわからないんですけど、実感、体感としてそういう違いがあるんです。聴いていた人も、その世界観と空気感の中に漬け込まれてしまった感覚があったんじゃないかな」

邪宗門の公演を企画したのは、音色工房(おんしょくこうぼう)というユニットだ。立ち上げ当初のメンバーは、作曲家の平野一郎とヴァイオリニストの佐藤一紀の2人。佐藤は邪宗門には音楽監督・指揮者として参加している。邪宗門の初演後、音色工房はソプラノ歌手の吉川真澄、ピアニストの堤聡子、映像作家の前田剛志をメンバーに加え、同世代の芸術家5人によるグループになった。
しかし邪宗門に関して言うならば、音色工房が平野と佐藤の2人だったときから、実質はこの5人を核として動いていたプロジェクトだった。この作品は5人の共鳴と葛藤を抜きにして語ることはできない。誰か1人でも欠けていたら、きっと邪宗門という作品が誕生することはなかっただろう。