2010-02-16 クラシックと人

「音楽と人」という音楽雑誌がある。
邦楽アーティストを取り上げた月刊のインタビュー雑誌だ。
僕はこの「音楽と人」というタイトルがすごく好きだ。
音楽に関する言葉で言えば、個人的にはタワーレコードの有名なキャッチコピー「NO MUSIC, NO LIFE」よりもしっくりくる。
もしこの雑誌を知らなかったとしたら、僕もどこかで必ず「音楽と人」とか「クラシックと人」とかいうフレーズを思いついて使っていたに違いない。
僕は音楽でもそれ以外でも、いつも人にフォーカスしていたいと思っている。
音楽と人、携帯電話と人、通勤電車と人、インターネットと人、人、人。
どこかで「○○と人」というフレーズを使っている人を見つけると、それだけで親近感がわいて信用してしまう。

写真家の中村美鶴さんは、「写真と人」というフリーペーパーを作っておられる。
中村さんが気になるミュージシャンを自分で取材し、自分で写真を撮り、またミュージシャンに写真を撮ってきてもらい、自分でインタビューをして、自分で編集・作成している、まさに手作りのフリーペーパーだ。
「写真と人」というタイトルだけで、やっぱり僕は、このフリーペーパーと中村さんのことを信用できてしまう。
先月、中村さんとお会いする機会があったとき、事前に中村さんに「『写真と人』のバックナンバーを全部ください!」とメールしたくらいだ。
「○○と人」の威力、恐るべし。
と言うよりも、我ながら何て単純なんだろう!

残念ながら、毎回全部配り切ってしまうということで、バックナンバーは手に入らなかったが、最新号をいただくことができた。
か、かわいい!
A4サイズを8つ折りにした手のひらサイズのミニブックの、想像以上のかわいさとインパクトに、僕は衝撃を受けた。
そして、自分でも作ってみたい!という衝動に駆られ、夜行バスで東京から帰ってきたその日に、「写真と人」を真似て、うちの事務所で起用するアーティストを紹介するためのフリーペーパーのひな型を作ってみた。
後で中村さんには「真似させてもらいました」とお声かけはしたけど、それでも申し訳ないくらいに、そっくりそのまま丸パクリの仕様だ。
内容が大体固まってきたところで、試作版を何人かに見せてみたところ評判は上々で、僕は気をよくしていた。

つい先日も、あるピアニストにこの試作版を見てもらった。
彼女も他の人たちと同様、やはりいい反応を示してくれた。
ところが、その直後に「で、これをどこに配るんですか?」と言われたとき、僕は言葉に詰まってしまった。
彼女はその様子を見て、呆れたような口調で「こんなことで大丈夫なんですか?」と僕を叱った。
いや、全然大丈夫じゃない。
人にフォーカスすると言ってフリーペーパーを作ってみたのはいいけれど、作るのに夢中になって、誰に対して届けたいのか、ちゃんとフォーカスできていなかった。
今更ながら指摘された自分のダメさ加減に、僕はショックを受けて凹んだ。
そしてその感情とは裏腹に……なぜだか笑いが止まらなかった。
決して投げやりじゃなく、自分でも説明がつかない笑いだった。
彼女はますます呆れたに違いない。

「クラシックと人」の「人」には色々な意味がある。
クラシックと作曲家、クラシックと演奏家、クラシックと聴衆、クラシックと支援者……。
今の僕は気ばかり焦って「クラシックと演奏家」しか見えていなかったようだ。
いったん頭をクールダウンして、ぐるりと周囲を見渡してみよう。
そしてフリーペーパーが完成したら、カバンに詰め込めるだけ詰め込んで街に出て、一刻も早く、一人でも多く、それを喜んでくれる人たちに届けに行こう。