2009-08-29 脇道で奏でる男

僕には、みんなが歩く表通りを避けて脇道を歩きたがる癖がある。
ピアノやホルンを演奏するときには、オーソドックスなレパートリーでは太刀打ちできないから、人がやらないような変わった曲を演奏する。
CDショップのスタッフとして過去の録音に対する基礎知識が不足しているから、珍曲秘曲の類を一生懸命紹介する。
ありがたいことに、そうした脇道志向をユニークだと面白がってくれる人もいるけど、自分ではそれは、逃げていると表現した方が近いのかもしれないと思ったりしている。

今から10年以上も前、エレクトーンでもホルンでも頂点に立つことができなかった僕は、ある日素晴らしいアイデアを思いついた。
「きっとハーモニカなら競争率が低いから、もっと簡単にトップに立てるに違いない」
これこそまさに脇道根性が生み出した、壮大な妄想。
冗談半分ではあったけど、でもあながちウソとも言えないんじゃないかとも思った。

思い立ったが吉日、僕はすぐに楽器店でハーモニカのパンフレットを手に入れた。
そして数日間、各メーカーのパンフレットをにらんで悩んだ結果、トンボ製のハーモニカにすることに決め、ハーモニカと一緒に教則本も数冊買ってきた。
ドイツの一流メーカーであるホーナー社ではなく、国産のトンボ社にしたのは、「外国製のハーモニカを買っちゃうほど本気なわけないじゃん」っていう自分自身への照れと言うか、言い訳もあったんだと思う。
それでも僕は自分のアイデアに満足していた。

実は、このアイデアには元ネタがある。
僕が尊敬していたスポーツノンフィクションライター、山際淳司さんの代表作「スローカーブを、もう一球」に収録されている「たった一人のオリンピック」という話である。
津田真男という平凡な大学生が、ある日突然「オリンピックで金メダルを取ろう」と決意し、数ある種目の中から競技人口の少ない一人乗りボートを選び、独力で全くの素人から始めて五年後についにオリンピック代表に選ばれたという実話だ。
しかし、そのモスクワオリンピックを日本は政治的事情でボイコット、津田さんの唯一のモチベーションだったオリンピックで金メダルを獲得するという夢は絶たれてしまった。
僕は、世界一になるためにマイナー競技を選ぶという津田さんのアイデアに感心し、彼の行動力に憧れ、いつか僕にもそんなことができるんじゃないかと、頭の片隅でいつも夢想していた。

でも、僕がハーモニカで頂点を夢見た幸せな時間は、ほんのわずかだった。
簡単なメロディを吹くところまでは何とかできたものの、1オクターブ離れた音を同時に吹く「オクターブ奏法」という基本的な技がどうしても上手くできなかったのだ。
おかしい。
津田さんのように素人ならまだしも、別の楽器にせよ芸大で専門教育を受けた僕なら、もっと簡単に世界が獲れたっていいハズなのに。

そもそも僕は、津田さんほどの信念もハングリーさも根性も持ち合わせていなかった。
何もないところから何かを掴もうとして一人乗りボートに行き着いた津田さんと比べると、正攻法での勝負を避けるためにハーモニカに逃げた僕の志は、あまりにもお粗末だったということなのだろう。
ともかく、この入り口付近での挫折によって、脇道からトップにたどり着くというぼくの妄想はあっさりと幕を閉じた。

しかし、そんな挫折とも呼べない半端な夢物語が終わっても、それで僕の脇道志向がなくなってしまったわけではない。
今はまた、僕の脇道根性を大いにくすぐる楽器とたわむれている。
沖縄の「しおん笛工房」というメーカーが作っている、オカリナトロンボーンがそれだ。
原理としてはスライドホイッスルのようなもので、名前の通りトロンボーンのようにスライドを動かして音程を操作する、リコーダーのような楽器だ。
この笛はスライドを出し入れするだけで、決まった指使いを覚える必要がないから、思いついたメロディを楽譜も気にせず気楽に吹けるのがいい。
今は調子外れでもお構いなしにプープー吹いているけど、きちんとした音程で演奏するためにはかなりの練習が必要なはずで、意外と奥が深そうなところもいい。

ただ、あの頃の僕と違うのは、明らかに演奏人口が少ないであろうこの笛で、世界のトップに立とうとする気持ちは持っていないことだ。
津田さんのやったことは、今も僕の憧れであり続けているけれど、津田さんには津田さんの道が、僕には僕の道がある。
誰かに認められるためでもなく、何かから逃げたいためでもなく、今はただ脇道でそっと、この笛で僕だけの音を奏でていたいと思っている。

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