2009-09-08 実録風オペラ「カルメン」

これは、ビゼーのオペラ「カルメン」に登場するドン・ホセをモチーフにした、実録風創作エッセイです。


昔、一緒にバイトをしていた仲間で、後に自衛隊に入ったやつがいた。
僕がアルバイトを辞めてからは、直接連絡を取ることはなかったけれど、彼と親しかった別のバイト仲間から時々、様子を聞いたりしていた。
普通の会社員とは全然違う、自衛隊という組織なので、話を聞くだけでも色々と大変そうだったけど、同時にすごく充実しているようだった。
彼はどっちかと言えばヒョロッとした体つきで、インドア派のイメージだったから大丈夫なのかなと思っていたけど、真面目で正義感が強かったから、自衛隊という仕事は合っていたのだろう。

でも数年前、その彼が自衛隊を辞めたという話を聞いた。
そして、その話を聞いてからしばらくしたある日、僕は彼の消息を新聞で知ることになる。
元交際相手の女性を刺し殺して、逮捕されたと報道されたのだ。
僕は何度も記事を確認し、すぐにバイト仲間にも確認したが、やっぱり彼で間違いなかった。
バイト時代の明るい彼の印象からは想像も出来ない出来事だった。

彼にはバイト時代から付き合っていた彼女がいた。
当時、僕も彼女とは何度か会ったことがある。
おとなしくて清楚な感じのかわいい子で、2人はお似合いのカップルだった。
彼はまだ学生だったけど、将来は彼女と結婚するつもりですと言っていた。
でも、殺された元交際相手の女性というのは、その彼女ではなかった。
じゃあ彼女とは別れていたのかというとそうでもなくて、要するに彼が浮気をしたということらしい。
しかも彼が自衛隊を辞めたのは、その元交際相手と駆け落ちしたからだという。
これもまた、お似合いの2人の姿を知る僕からすると信じられない。

亡くなった女性は飲食店従業員、平たく言うとキャバクラで働いていた女性だったそうだ。
学生時代から付き合っていた清楚な彼女とは正反対のタイプだったと、バイト仲間が言っていた。
「あいつは魔性の女だよ」と。
僕にはどうしてもわからない。
男を惑わす魔性の女とは言え、結婚を決めているかわいい彼女がいる男が、駆け落ちするほど好きになってしまうものだろうか。
それとも、女性の方から強引に誘ったんだろうか。
でも最終的にふられたのは彼の方なわけで、よりを戻そうとして口論になって刺してしまったのも彼のなんだから、やっぱり彼がベタ惚れだったってことなんだろう。

亡くなった女性の仲間には、あまり素行がよくない人たちもいたようで、駆け落ちした時に彼はその集団に加わって、ちょっとヤバい仕事にも手を染めていたらしい。
その直前まで自衛隊にいた、真面目な彼が……なぜ?
事件のあらましを聞けば聞くほど、本当に彼のことなのか信じられなかった。

そこまで彼を夢中にさせた女性とは、一体どんな人だったんだろう。
いわゆる一目惚れというやつだったんだろうか。
僕は一目惚れという感覚が全くわからない男だから、彼の気持ちはきっと永遠にわからない。
何も自衛隊を辞めて駆け落ちなんてしなくても、もっと適当にやっていく方法はあっただろうに。
いや、でもよく考えてみれば、彼が真面目だったからこそ、駆け落ちなんていう不器用なことしかできなかったのかもしれない。
「あいつは魔性の女だよ」と言ったバイト仲間の言葉が、今もずっと耳に残っている。