2009-08-08 成層圏の彼方に

大学を卒業して3年、僕が大阪で一人暮らしをしていた頃の話。
ある日、近所の中古CDショップで「MAYNARD FERGUSON 1969」という古いカセットテープを見つけた。
どこかの業者からタダ同然で引き取ってきたのだろうか、ダンボールの中に同じカセットテープが何本も無造作に放り込んであった。
僕は当時クラシックをあまり聴かずに、ジャズにハマっていた時期で、メイナード・ファーガソンというトランペット奏者の名前は聞いたことがあった。
確かジャズ系のトランペット奏者で、ハイノートヒッターと呼ばれる、ものすごい高音を出すことで有名な人だったはずだ。
僕は数百円を払ってそのカセットを買って帰った。

脳天まで突き抜けるというのは、こういう事を言うんだろう。
1曲目、ジャズのスタンダード・ナンバー「テンダリー」で高らかに登場する、ファーガソンの信じられないようなハイノートに、僕はまさにノックアウトされた。
こんなにでかくて輝かしくて高い音のトランペットは今まで聴いたことがなかった。
それ以来、僕はファーガソンのCDを買い漁るようになった。

僕は時々、クラシックの演奏家に比べてジャズの演奏家はいいよぁと思うことがある。
クラシックの場合、曲そのものは楽譜によって全ての音が決まっていて、変えることはできない。
だから楽譜に書いてあることが演奏できなくなったら、演奏家としては引退するしかない。
自分に演奏出来る曲を選んだり、作曲家に新曲を書いてもらったりすることは可能だけど、どっちにしても楽譜に書かれたフレーズから逃れることはできない。

でも、ジャズはもっと自由だ。
ファーガソンのようなハイノートヒッターもいれば、中音域でしっとりと奏でる奏者もいる。
滅茶苦茶指が回る超絶技巧ピアニストもいれば、ポロンポロンと少ない音数によって空間で語るスタイルのピアノもある。
極端に言えば、最初と最後に出てくるテーマのメロディさえ演奏できれば、あとはそれぞれに特徴を生かしたアドリブを組み立てればいいし、歳をとって若い頃のような演奏が出来なくなったら、年相応にモデルチェンジすればいいのだ。
もちろん言葉で言うほど簡単なことじゃないと思うけど、それでも、やりたくなければやらなくてもいいという自由さが、クラシック側から見るとうらやましいと思ったりする。

ファーガソンは13人程度の比較的少人数のコンパクトなバンドを率いて演奏していた。
彼のバンドは純粋なジャズではなく、ジャズにロックのテイストを加えた今風のスタイルで、カッコいいバンドサウンドをバックに、ファーガソンがステージの真ん中でソロを吹く。
彼の最も有名なナンバーは「ロッキーのテーマ(Gonna Fly Now)」であり、日本ではそれ以上に有名なのが「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマ曲として使われた「スタートレックのテーマ」だろう。
いずれも「成層圏を突き抜ける」と形容された、ファーガソンのハイノートの魅力が詰まっている。

ファーガソンは観客が何を求めているのか、自分に与えられた役割を完璧にわかっていた。
自分がソロを吹く前には、構えたラッパを一度斜め45度に振り上げ、それから振り下ろすようにして吹き始めた。
ソロの最後に超高音を吹ききった後は、オーバーアクションで両手をブハッと広げ「どうだ!」と言わんばかりにアピールする。
そして自分が演奏しないときには、バンドマスターとして腰を振って踊るようにノリノリで指揮をする。
ファーガソン以上に高音を出せる人は山ほどいるけど、その高音を彼ほどエンターテインメントとして魅せようとした人はいないんじゃないだろうか。

僕は最近になって、インターネットの動画サイトをよく見ている。
動画サイトには色々な時代、色々な場所での演奏が投稿されている。
ファーガソンの代表曲「ロッキーのテーマ」も、色々なステージでの演奏を見ることができる。
絶好調のときもあれば、それほどでもないときもある。
それらの演奏を見れば見るほど、僕はますます彼の凄さを感じるのだ。

ファーガソンは自分のプレイを売りにして、世界中でショウを行っていた。
彼は単なるバンドの花形プレイヤーではなく完全な主役であり、観客はメイナード・ファーガソンを見に来ている。
超人的なハイノートを、調子がよかろうが悪かろうが関係なく、それを期待して集まったファンのために毎日吹き続けなければならない。
あの突き抜けるような高音が吹けなかったら、エンターテインメントとして成立しないのだ。
ジャズの方が自由でいいよなぁなんてぼやいてみたこともあったけど、そのプレッシャーたるや、クラシック演奏家の比ではないじゃないか!

2006年9月、メイナード・ファーガソンが8年ぶりに来日するというニュースを知った。
彼はもう78歳になっていたけど、(恐ろしいことに)まだまだ健在だという話だった。
関西での公演はなく、長野県の菅平高原というのがネックだったものの、僕は恐らく最初で最後になるだろうファーガソンの生コンサートをぜひ見てみたいと思った。
しかし来日まで1ヶ月を切った8月下旬、健康上の理由により全公演中止との発表があり、がっかりしたのも束の間、そのわずか2日後の8月25日、メイナード・ファーガソンの訃報が全世界を駆け巡った。
僕は永遠にファーガソンを見る機会を失ってしまった。
悲しみというよりも、心にぽかんと穴が開いたようだった。

ファーガソンは死の直前までステージの真ん中で、ハイノートヒッターとして観客の期待にこたえ続けた。
こんな超人はもう現れないんじゃないだろうか。
メイナード・ファーガソンが成層圏の彼方に旅立って3回目の夏が来る。

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