今月10日、ロイター通信からビックリするようなニュースが配信されました。
■バッハの作品、一部は妻が作曲=豪専門家
(引用元: http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-34246120081010)
オーストラリアのクラシック音楽専門家が、18世紀に活躍したドイツの音楽家ヨハン・セバスチャン・バッハの曲の一部について、妻が作曲したことを示す証拠を発見したと主張している。ダーウィン・オーケストラの指揮者マーティン・ジャービス氏は、30年を超える研究と法医学的な手法により、バッハの2番目の妻であるアンナ・マクダレーナ・ビルケが、バッハの名曲の一部を書いたことは明白だという。ジャービス氏はロイターに対し「無伴奏チェロ組曲が、ヨハン・セバスチャンによって書かれていないことに疑いはない」と述べた。(以下略)
世界中のチェロ奏者たちにとってバイブル(聖書)とも称される、クラシック音楽の至宝「ヨハン・セバスチャン・バッハの無伴奏チェロ組曲」がバッハの奥さんの作品だったなんて!
これがもし本当なら大事件です。
あの無伴奏チェロ組曲が、これからは「アンナ・マグダレーナ・バッハ作曲」と表記される可能性があるのでしょうか。
このニュースだけではどこまで信憑性のある研究なのかわからないので、詳報を待ちたいと思います。
そもそも何百年も前の音楽を相手にしているクラシックは、多分に考古学的な要素があります。
今回に限らず、後の研究によって別の作曲家の作品だとわかったというのはよくある話です。
例えばモーツァルトの作品とされていた「交響曲第37番」は、その後の研究で別人の作品であることが判明し、それ以降はモーツァルトの作品目録から外され、そのまま第37番は欠番になっています。
またやはりモーツァルトのホルン協奏曲第1番は、完成された4曲のホルン協奏曲の中で最も初期の作品とされていたのですが、実は最晩年の作品で、しかも現在知られている最終楽章はモーツァルトの弟子のジュスマイヤーが作曲していたことがわかった、ということもありました。
研究技術は時代と共に発達していて、現在では五線紙の素材や音符の書かれたインクを科学的に分析することで、作曲年代やその真贋がかなり正確にわかるようになってきているそうです。
オーケストラに合わせて、カッコウ笛や水笛、ガラガラなどのおもちゃや打楽器がにぎやかに活躍することで親しまれている「おもちゃの交響曲」という曲があります。
この曲はモーツァルトのお父さんであるレオポルト・モーツァルトの作品として定着していますが、昔はハイドンの作品だと思われていました。
LPの時代まではハイドン作曲と表記されたものもあったようです。
現在CDで発売されているものはL.モーツァルトの作品ということになっているので、CDショップの店員はお客様から「ハイドンのおもちゃの交響曲のCDはありますか?」と尋ねられたら、「あぁ、それは本当はモーツァルトのお父さんの作品なんですよ」と説明しながら、L.モーツァルトのコーナーにご案内しなければいけないのです。
ところがこの話にはさらに続きがあって、最近になってこの曲の本当の作曲者は、エトムント・アンゲラーという無名の作曲家であることがほぼ確実になったんだそうです。
ということは、次に新しく登場する「おもちゃの交響曲」のCDには、アンゲラー作曲と書かれることになるのでしょうか。
ひとつの曲に3人もの親がいるというのはちょっと困ったものです。
ところで、その「おもちゃの交響曲」が最初から無名の作曲家アンゲラーの作品とされていたら、この曲の運命はどうなっていたんでしょう。
大作曲家の作品だからこそ注目を浴びていたという要素は少なからずあるでしょうから、ひょっとすると今ほど有名な曲にはなっていなかったかもしれません。
今回のバッハのニュースに対して「本当の作曲者が誰であれ、曲そのものの素晴らしさに変わりはない」という反応もあるようですが、無伴奏チェロ組曲だってあの偉大なバッハの作品だからこそ、バイブルと言われるまで大切にされているという面は否定できないでしょう。
もしも無伴奏チェロ組曲が、最初からバッハの妻の曲として知られていたとしたら……。
何百年も昔の人々に思いを馳せることは、クラシック音楽ならではのファンタジックな体験ですが、ずっと信じて疑わなかった事実がくつがえされることがあるというのは、後の世に生まれてきた僕たちにとって迷惑な話ではありますね。
今回の説を主張している専門家には「今までずーっと信じてきたし、もうヨハン・セバスチャン・バッハのまんまでええやん!」と言ってみたいような気もします。