2009-07-18 音楽家の個性

僕は小学校5年から高校1年ぐらいまでエレクトーンを習っていた。
今のエレクトーンは鍵盤を強く叩けばアタックのきつい音が出るし、その後で鍵盤をぐいっと押し込めば強い音色に変化していくし、さらに鍵盤全体が微妙に左右に動くようになっていて、その動きで音程を変化させることができるしと、タッチひとつでかなり自在な表現ができるようになっている。
でも、僕がやっていた当時のエレクトーンは、右足で操作するペダルで全体の音量の変化はつけられるものの、鍵盤自体は押せば音が出るだけの、単なるスイッチに過ぎなかった。

そんな電子楽器を前にして、僕は「演奏者の個性って何だろう」と悩んでいた時期があった。
楽譜に書いてある通りの音色を設定し、楽譜に書いてある通りに演奏したら、みんな同じ演奏になっちゃうじゃないか。
でもだからと言って、他人と違うことをしたいという気持ちだけで、楽譜にピアノ(弱く)と書いてある部分をわざとフォルテ(強く)で弾くようなことはしたくなかった。
個性を出すには、絶対に他の人と違うことをしなきゃいけないの?
もし自分がやりたいことが、楽譜通りに弾くことだったら個性は表現できないの?

ただしエレクトーンの場合は、自分で編曲したり音色を組み合わせたりするという、演奏以外の要素も併せ持っていた。
だから僕は、演奏以外のそうした部分にアイデアを詰め込むことによって、辛うじて自分を納得させていた。

実は、どうすれば演奏に個性が出るのかというからくりは、今でもよくわかっていない。
いや、僕の場合はそれ以前に、どうすれば自分の感情が表現できるのかわからなかったと言うべきだろう。
先生に「そこはもっと悲しそうに!」と言われて、どんなに体をくねくね動かしてみたって、百面相のように悲しそうな顔を作ってみたって、肝心の音楽そのものはちっとも変わってくれなかった。
それこそ、悲しいほどに。
逆に「今のいいじゃない!この感じを忘れないで」と言われても、当の本人がさっきと何がどう変わったのかさっぱりわかってない、なんてことも多かった。
結局、自分の思いがどうすれば演奏に反映されるのか、そしてどうすればそれが個性につながるのかという謎は解明されないままだった。

ただし音楽に関わっていく中で、個性について自分なりに理解してきたこともある。
「個性は出すものじゃなくて、自然とにじみ出てくるものだ」ということだ。
個性という単語が強すぎるならば、雰囲気と言い換えてもいい。
楽器や歌を練習することで、自分の思いを100%伝えるための技術を磨くことはできるけど、肝心の個性そのものは、練習で作られるような類のものではないんじゃないかと今は感じている。
音楽家の本当の個性とは、楽譜を素直に読み取ってただそれを誠実に奏でるだけで、自然と現れてきてしまうもの。
それは、周囲の目をひくために真夏にコートを着て歩くようなハッタリとは全く違う。

最近、知り合いや先輩のコンサートをいくつか聴きに行った。
みんなそれぞれに個性がにじみ出ていて、いいコンサートだったので気分がいい。
こうしたコンサートでは終演後に本人とお話をする機会があるけど、たいていは「ここを失敗してしまった」とか「もっとこうすればよかった」といった、テクニック的なことやこだわって作ってきた部分についての反省の弁が聞かれるのが常だ。
それは高い理想を持っている音楽家としては当然の心理で、僕もその場では「まあ確かに、あそこは難しいですからねぇ」とか「全然気になりませんでしたよ!」なんて話を合わせるけど、いちリスナーとして彼らに伝えたいことは、本当は別のことだ。
(お客様は、あなたが持っている個性を楽しむために来ているんですよ
(自然ににじみ出る個性は、ちょっとのミスぐらいじゃ絶対に揺るがないものなんですよ)
(今日もあなたの音楽を感じることができて幸せでした)
これを面と向かって言っちゃうと毎回同じコメントになってしまうから、口に出しては言わないけれど、心の中ではいつもそう思っている。

クラシックを聴き慣れていない人の中には、コンサートに行ってみたいと思っていても「曲も知らないし、どうせ演奏の上手い下手なんてわからないから……」と躊躇する人もいるんじゃないだろうか。
でも、細かいことはどうだっていい。
「前に聴いた人と違って、今日のヴァイオリンの演奏は元気いっぱいだったなぁ」
こんな感想でいいし、その感覚はきっと正しい。
上手いか下手かがわからなくても、その個性に出会えたことを純粋に喜んでいいと思う。
それは初心者だからそう言うんじゃなくて、僕自身もそう思っている。
なぜなら、音楽に個性が現れることがいかにすごいことか、僕が身をもって体験しているから。
だからキャリアやレベルに関わらず、そしてたとえそれが自分の好みに合わなかったとしても、人とは違う何かを持った演奏ができる人を、僕は心から尊敬している。

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