大阪フィルの音楽監督である大植英次さんがプロデュースし、大阪フィルが母体となって主催している音楽祭「大阪クラシック」が今年も大盛況のうちに幕を閉じました。
これは大阪フィルのメンバーが、大阪のメインストリートである御堂筋沿いのカフェや公会堂などに散らばって、室内楽を中心とした無料コンサートを行なう音楽祭で、今年は9/7~9/13の7日間で全65公演が行なわれました。
ほとんどが無料のコンサート、しかもホールではなくて演奏家が街中にやって来るという気軽な雰囲気が受け、毎年ものすごい数の人たちが集まります。
今年はのべ3万7千人が集まったということですが、クラシックのコンサートということを考えれば、これはものすごい数です。
僕は今年は1日だけ聴きに行くことができましたが、朝から晩まで会場をはしごして、目いっぱい楽しみました。
毎年期間中に10公演以上をかけもちする団員がいるなど、大阪フィルの皆さんにとっては過酷な1週間なのですが、願わくはクラシック文化普及のために、来年以降もずっと続けていって欲しいと思っています。
もう何年も前から、海外から来日するオーケストラは関西にはめっきり来なくなったし、近年はオーケストラ統合問題や大阪府の補助金カット問題に揺れるなど、関西のクラシックを取り巻く環境は厳しいというのが共通した認識です。
それだけに「大阪クラシック」の盛況ぶりは、ほとんど衝撃的と言ってもいいくらいです。
そして驚かされるのはどの会場でも、失礼ですが普段クラシックをよく聴いているとは思えないような、普通のおっちゃんおばちゃん達が大勢いることです。
みんなクラシックだからと言って構えることなく、リラックスして美しい音楽に身を預け、本当に楽しそうに聴いています。
この現象が、大阪にクラシック文化が根付いてきた証拠であるかどうかという検証は、当コラムのテーマから外れるのでここではしませんが、特別なものだと思われがちなクラシックのコンサートを日常生活の場に持ち込んだ「大阪クラシック」の功績は大きいと思います。
ひと口にクラシックファンと言っても、月に何枚ものCDを買っているようなCDリスナーと、あちこちのコンサートに足繁く通ういわゆるコンサート・ゴーアーとは、基本的には違う種族だと思っています。
僕の体験上、CDを中心に鑑賞している人たちはコンサートにはあまり行かないし、逆にコンサートによく出かける人たちはあまりCDを買わない人が多いからです。
もちろん定期的にCDを買いコンサートにも積極的に出かけるという方は、うちのお客様にも何人かいらっしゃいますが、全体からすると少数派です。
かつて大阪の店にいた時に、この似て非なる2つの種族が一緒に集まることができるようなCDショップはできないだろうか、と知恵を絞っていたことがありました。
それは、コンサートホールに出かける1,000人もの人の中から、ひとりでも多くCDショップで買い物をしてもらおうという、商売上の戦略ももちろんありました。
でも商売云々を抜きにしたところの、純粋なクラシックファンとしての思いが高いモチベーションになっていました。
CD鑑賞とコンサート、この互いを補い合うような2つのピースがカチッと合わされば、きっと音楽の楽しみは何倍にも広がると思っていたからです。
当時の店長はもともとクラシック担当だった人で、クラシック文化の普及に対する熱意や方向性が僕と驚くほど似ており、すぐに意気投合し様々な展開を試みました。
店内には在阪オーケストラや近隣のホールのスケジュールを完備し、コンサート情報がいつでも手に入れられるようにしました。
そしてオーケストラの定期演奏会で演奏される曲目が入ったCDを並べたコーナーを作るなど、CDとコンサートとの繋がりを強く意識しました。
また、店内のステージをプロアマ問わず演奏家に無料で開放して、店内には生演奏が溢れるようになりました。
過去のアーティストが注目されがちなCD業界にあって、現役のアーティストの「今」を大切にする方向性をはっきりと打ち出したその店は、どこにもないユニークな場所であったと自負しています。
結局、その店は形態を変えてリニューアルすることになり、CDリスナーとコンサート・ゴーアーがひとつに集まる音楽空間の創造は、志半ばで終わりを迎えました。
僕らがやってきたことで、どれくらいの人たちに音楽の楽しみ方の幅を広げてもらえたのかはわかりません。
でも少なくとも僕自身、この時期にたくさんの音楽家たちと出会い生演奏に触れ、CDとコンサートの関係がひとつに繋がったことで、クラシックに対する愛情はさらに豊かで大きいものになりました。
「大阪クラシック」を聴きに来たおっちゃんおばちゃん達は、CDリスナーでもコンサート・ゴーアーでもなく、恐らく年に1度のお祭り的なムードを楽しんでいる人たちがほとんどでしょう。
でもこの大勢の人たちが、クラシックファン予備軍であることは間違いありません。
潜在的なクラシックファンの姿をはっきりと目の当たりにすると、その人たちを豊潤なクラシックの世界にきちんと導いてあげられるような土壌を、クラシック業界全体で作らなくちゃいけないとあらためて強く感じます。
CDで古今の名曲を一流の演奏で心行くまで楽しみ、コンサートで演奏家と共に美しい幸せな時間を共有する。
きっと今よりも人生がもっと豊かなものに変わる、そんな贅沢な時間の楽しみ方をぜひ味わって欲しいのです。