2008-09-26 クラシック、この広すぎる海

「クラシック音楽」という言葉を聞いて、皆さんはどんな曲をイメージされますか?
ゴージャスなオーケストラの響きでしょうか。
それとも繊細なピアノの音色でしょうか。
ヴァイオリンやチェロの演奏を思い浮かべた人もいれば、合唱やオペラといった声楽曲を想像された方もいることでしょう。
ひとくちにクラシックと言っても、その中には様々な編成のたくさんのジャンルがあります。
クラシックという言葉は実は、ロックもソウルもヘビーメタルもパンクもテクノもヒップホップもひっくるめて欧米人が歌うものを「洋楽」と言ってしまうのと同じくらい、広すぎるくくりなのです。
クラシックという言葉が無駄に広すぎるために、なじみがない人たちはその得体の知れない巨大なイメージに圧倒されてしまい、聴く前から敬遠してしまう一因になっているんじゃないかと思っています。

クラシックファンだからと言っても、クラシックの全てのジャンルに精通しているわけではありません。
みんなそれぞれに自分の得意とするジャンルを持っているものです。
ピアノやヴァイオリンなど自分が習っている楽器が一番好きだというケースは当然ありますし、吹奏楽部にいたことがある人はオーケストラ、それも管楽器が派手に活躍する曲を好む傾向にあります。
また演劇からオペラにハマる人もいれば、ジャズが好きな人はバッハの時代の即興性に富んだ演奏形態に共通点を見出すこともあります。
そうやって見つけた自分の好きなジャンルを聴いていくうちに、徐々に興味が出てきた他のジャンルにも枝葉を伸ばしていくのです。

逆に、枝葉を伸ばすことなく未開拓のままになっている、苦手なジャンルというのも存在します。
例えばオーケストラが好きで、CDで古今の名演を聴き尽くしているけど歌曲は全く聴かないとか、オペラが大好きで実際に舞台を見に行ったりするけど弦楽四重奏を聴いてもピンとこないとか。
実際、同じクラシックと言っても自分が好きなジャンルと繋がりにくいところには、なかなか興味のベクトルが向かないものです。
そうした、それぞれ別々の守備範囲を持った人たちの総称が「クラシックファン」であり、全てのジャンルに精通している人を探すのが難しいくらい広い世界、それがクラシックなのです。

以前、ジャズをよく聴いているという男性のお客様が「何かクラシックを聴いてみたいんだけど……」とご来店されたことがありました。
こういう漠然とした質問の場合、お客様にとっての音楽的なツボを探してみることが大切です。

「ボーカルが入っているものがいいですか?ないほうがいいですか?」
「歌は、ないほうがいいね」
「わかりました。お聴きになりたい特定の楽器は何かありますか?」
「ピアノが好きなんですよ」
「なるほど。完全にひとりで弾いているソロがいいですか?オーケストラをバックに弾いているものもありますが」
「うーん、そうだなぁ。迫力があるほうがいいなぁ」
「だったらオーケストラをバックに弾いている、協奏曲にしましょう」

こうしてその時には、メロディーが美しくて聴きやすい、しかもジャズっぽいお洒落なコード進行も使われているということで、ラフマニノフの協奏曲をお勧めしました。
こうしたやりとりは、まるでお客様と一緒に宝探しをしているようで、とても楽しい接客のひとつです。

もしもクラシックに興味が出てきたあなたが、その広すぎる世界の前に立ち尽くしてしまったら、今まで聴いてきた音楽を思い浮かべながら、自分のツボを探してみて下さい。
それからCDショップに出かけて行き、店員を捕まえて「トランペットが大活躍するノリノリでド派手なオーケストラ曲下さい!」と言えば、すぐに魅力的な曲をいくつか教えてくれることでしょう。
もっともCDショップのスタッフの立場からすると、あまり準備がよすぎると、お店で一緒に宝探しをする楽しい時間が少なくなってしまうのがちょっぴり残念ですが……。