大物音楽家のコンサートなどの場合、終演後に楽屋口でサイン会が行なわれる。
ホールによっては楽屋口ではなく、ロビーでサイン会が行なわれることもあるが、とにかくファンたちは、普段CDやテレビでしか見ることができない憧れのアーティストに会うために、そわそわと列を作る。
多分にミーハー気質を持っている僕もその列に続くのだけれど、正直言って、僕はサインや握手にはさほど興味はない。
僕がサイン会に参加するのはサインをもらうためではなく、アーティストに「素晴らしい演奏でした」と直接言いたいからだ。
手が痛くなるほどの客席からの拍手でも届けきれない思いを、自分の口で伝えたいのだ。
流れ作業のように次々とサイン会が進んで行く中で、自分の番の一瞬に何を伝えるのが一番いいのか、あれこれと考えながら順番を待つ。
“I am grad to meet you.”
お会いできて嬉しいです、お目にかかれて光栄です。
サイン会に参加したいと思う音楽家の中でも、特に思い入れの強いアーティストには、最初にこの言葉をその人の母国語で言うことにしている。
いや、英語もろくにできない僕は、万感の思いを込めてこのワンフレーズを言うことだけに懸けていると言っていい。
相手の母国語で「お目にかかれて嬉しいです」と言うのは、サイン会という限られた時間の中で、自分の喜びと相手に対する尊敬の念をいっぺんに伝えられる、なかなかいい方法じゃないかと密かに思っている。
数年前、世界でも指折りの一流オーケストラ、チェコ・フィルのメンバーが結成した「チェコ・フィル八重奏団」を妻と2人で聴きに行った。
そこには2人とも大ファンであるクラリネット奏者、イワン・ドクサンスキーが参加していた。
“Jsem rad, ze vas vidim.”(イセム・ラート、ジェ・ヴァース・ヴィジーム)
僕は終演後のサイン会に備えて、家にあったチェコ語の入門書の第1章に出てくる「お会いできて嬉しいです」のフレーズを、開演前からぶつぶつと唱えていた。
そして終演後。
僕たちは初めて生で聴いたドクサンスキーの豊かで素晴らしい音色に感動し、余韻に浸りながら楽屋口へと向かっていった。
名手ぞろいとは言えメンバーは全員オーケストラの団員で、独奏者として活躍している人のような知名度はないので、サイン会と言っても行列はなかった。
しかもどうやら僕たちが1番乗りだったようで、スタッフに案内されて何と楽屋に入ることができた。
今、ドクサンスキーが目の前にいる!
ここでずっと唱えていたあのフレーズの出番だ。
「イセム・ラート、イセム・ラート……えーと……」
言葉に詰まりしどろもどろになった僕を不安そうにじっと見つめる、チェコ・フィル八重奏団のメンバー。
やっと思い出して「ジェ・ヴァース・ヴィジーム!」と言った瞬間、安心したように彼らから「オーッ!」と歓声があがった。
よかった、ちゃんと通じたらしい。
その後は和気藹々とサイン会が進んでいった。
まともに通じた言葉はほとんどこのワンフレーズだけだったけど、僕は充分満足だった。
今では、あのしどろもどろは「尊敬するあなたのために頑張ってチェコ語を覚えました」感が出ていて、かえってよかったんじゃないかとすら思っている。
あるコンサートでの「お目にかかれて嬉しいです」は、また別の言語で伝えた。
それはキューバ出身のサックス&クラリネット奏者、パキート・デリヴェラのコンサートを聴きに行ったときのこと。
そのコンサートは、ジャズ・ピアニストの小曽根真さんと共に、モーツァルトの協奏曲をクラシックとジャズをミックスしたアレンジで演奏するという企画だった。
パキートは、まだ彼がアメリカに亡命する前に所属していたキューバのラテン・ジャズグループ「イラケレ」での演奏を聴いて以来、大好きなミュージシャンだ。
初めて目にするこのチャンスに、絶対キューバの言葉で「お目にかかれて嬉しいです」と言いたかった。
コンサート前日に、キューバへの留学経験がある知人に「キューバの言葉教えてください!」とメールして、”Me alegre de verle.”(メ・アレーグレ・デ・ベールレ)というフレーズを教えてもらった。
チェコ・フィルのときと同じく、コンサート当日は開演前からそのフレーズをぶつぶつと唱えていたのは言うまでもない。
コンサートでは、パキートは期待に違わぬ素晴らしい演奏を聴かせてくれた。
終演後のサイン会ではやや疲れた様子で、僕の必殺キューバ語にも「オゥ」と小さく反応しただけだったのが少し残念だったけど、きっと尊敬の気持ちは通じたはずだと信じている。
僕が「お目にかかれて嬉しいです」と伝えたいアーティストは、まだまだたくさんいる。
憧れのアーティストのコンサートを聴き続けていくと、そのうち「お目にかかれて嬉しいです」だけは何ヶ国語も喋れるようになっているかもしれない。