CDショップに限らず、小売店ではよく季節感を盛り込んだ商品展開をします。
CDショップで言うと、春になれば店の入り口は桜ソングのCDであふれ、6月になれば雨にまつわる曲が並び、夏になれば今年の夏ソングをフィーチャーしたコーナーが登場するという具合です。
J-POPなんかだと季節毎に定番ソングがあったりするし、そのポジションを狙う新曲も毎年次々と登場するのでネタにも困らないのですが、クラシックの場合は、さほど季節感を感じる曲がないので、毎年季節感を演出する企画を考えるのに苦労します。
もちろん春夏秋冬を題材にしたヴィヴァルディの「四季」をはじめ、クラシックには季節を描いた曲はたくさんあります。
でも日常の生活シーンに結びつくような、実感として季節感を伴った曲となると、クリスマスソングと12月に全国各地で演奏されるベートーヴェンの「第九」(だいく=交響曲第9番「合唱付き」)、あとは年頭にニューイヤー・コンサートで演奏されるヨハン・シュトラウスのワルツぐらいしか思いつきません。
夏のクラシックと言われても、すぐにはパッと出てこないものです。
僕の個人的な感覚ですが、夏は平和の季節です。
終戦記念日の8月15日の正午、球児たちが黙祷を捧げる甲子園に鳴り響くサイレンのイメージ。
具体的に何かを考えるというわけではないのですが、それでも夏は平和についての想いが一年で最も高まる季節です。
そしてこの季節になると、20世紀最大のチェロ奏者であったパブロ・カザルス(1876~1973)が弾く「鳥の歌」を聴きたくなります。
「鳥の歌」は彼の故郷であるスペインのカタルーニャ地方の民謡です。
カザルスは1939年にスペイン内戦を避けてフランスに亡命、その後はフランコ独裁政権に抗議するために演奏活動を休止するなど、世界平和を強く訴えてきた平和活動家としても知られていました。
折りに触れて平和への強い思いを込めて演奏していたこの曲は、カザルスの代名詞となっています。
その「鳥の歌」の中でも特に有名なものが、1971年に行なわれた国連デーの記念コンサートでの演奏です。
95歳になろうとしていた老カザルスが演奏の前に語ったスピーチは、クラシック界で最も有名な言葉のひとつで、この曲の平和の代名詞としての地位を決定付けました。
「私はカタルーニャ地方の短い民謡を演奏します。この曲は『鳥の歌』と呼ばれています。鳥たちは空を飛びながら、こう鳴くのです……ピース!ピース!ピース!と。(Peace=平和の意味)」
そして特別編成のオーケストラをバックに奏でられた、静かでもの悲しいメロディ。
もう最晩年だったカザルスの演奏は、音程は安定せず、きれいな音を出すのにも一苦労といった風で、技術的にはとうに峠を越したヨボヨボの演奏でした。
でも僕は初めてこの演奏を聴いたとき、息もできないくらいの大きな感銘を受けました。
僕が聴いたものは音楽ではなく、言葉でもなく、それは平和への深い深い祈りが込められた、魂の振動のようなものでした。
僕が国連デーでの「鳥の歌」を初めて聴いたのは、1992年にNHKで放送したバルセロナ・オリンピックの総集編の中のワンシーンによってでした。
それ以来、世界中で起こる紛争や凶悪犯罪などをニュースで見たりして平和への思いを強くする度に、あのヨボヨボの「鳥の歌」が頭の中で鳴り響いたものです。
それから10数年後、国連でのスピーチと演奏が収められたCDが小さなレーベルから発売されていることを知り、そのCDを手に入れてからは、毎年夏に「鳥の歌」を聴くようになりました。
夏は平和の季節、そして平和と言えば「鳥の歌」。
僕にとって夏はカザルスの「鳥の歌」の季節なのです。
今年の夏は北京オリンピックという格好のネタがあるので、クラシックフロアの季節の特集は、いつものように悩むこともなくオリンピックに絡めたものにすることに決まりました。
4年に1度の平和の祭典が行なわれる今年、オリンピック特集のコーナーの片隅にカザルスの「鳥の歌」を置いてみようと思っています。
(※国連デーの「鳥の歌」が収められたCDは、現在は生産が終了しており入手できません)