CDショップで流れるBGMは、いわゆるバックグラウンド・ミュージックとしての役割だけではないという点で、他のショップとは少し性格が異なります。
CDショップのBGMには基本的に新しく発売された新譜のサンプル盤を使っていて、注目の新譜をより多くの人たちの耳に届けるための、プロモーションとしての役割も持っています。
その両方の役割のバランスを考えながら、手元にあるサンプル盤の中からやりくりするのです。
J-POPや洋楽の場合は特に考えずに新曲をガンガンかけても大丈夫なのですが、クラシックの場合は新しければ何でもOKというわけにはいきません。
例えば、小さな音から始まって突然ドーンと派手に盛り上がって、また突然弱音部分が続いてまたドーンと盛り上がって、という風に強弱の差が極端なブルックナーの交響曲は使いにくいし、20世紀の近現代曲の中でも難解で刺激の強い曲は、店内で流すとあまり居心地がよくない空間になってしまうなど、BGMに不向きな曲があるのです。
他にも店ごとのカラーやお客様の傾向によっても、微妙にセレクトが変わってくるものです。
さらに僕の場合、お客様が少ない時間帯はBGMが寂しすぎても騒がしすぎても空しいから、5~6人ぐらいの編成の室内楽にしてみようとか、午後になってお客様が増えてきだしたら、気分を盛り上げるために派手なオーケストラ曲に変えようとか、妙なところにこだわってしまいます。
また、プロモーションとしての機能を最大限に生かすために、特にオススメしたいアルバムは1日で最もお客様が多い時間帯にかけるという仕掛けをしたりもします。
BGMで流しているCDは「ただ今演奏中」という札を掲げて展示しているのですが、お客様が足を止めてそのCDを手に取っているのを見かけると、駆け寄りたくなるのを抑えながら「この演奏、いいでしょう?」と平静を装って近づいて行くのです。
もっと細かい技になると、ピンポイントで特定の人を狙うこともあります。
フルートやクラリネットのケースを持った高校生たちが店に来たときには、吹奏楽や管楽器のソロアルバムをかけてみたり、いつもピアノ曲を中心に買ってくださる常連のお客様がいらっしゃるときには、面白そうなピアノ曲を流してみたり。
もちろん僕が勝手に狙い撃ちしているだけなので、特にBGMに反応することもなくそのまま帰ってしまう人がほとんどなのですが、何度空振りしようが、性懲りもなくまたやってしまいます。
手持ちのBGMの内容とお客様の嗜好が合致することを発見すると、どうしても反応を試してみたくなっちゃうんです。
ある日、トランペットのケースを持った高校生ぐらいの男子が2人でやって来ました。
2人は吹奏楽コーナーの前で談笑しながらCDを探していたのですが、そのうち「お前、エヴァルドの金管五重奏って知ってる?」「いや。知らんなぁ」という会話が耳に入ってきました。
エヴァルドというのは作曲家の名前で、ほとんど金管五重奏曲だけで知られているマイナーな作曲家です。
その金管五重奏自体もCDとしてはあまり出ていない珍しい曲なのですが、偶然にも数ヶ月前にエヴァルドの金管五重奏曲集が発売されていて、サンプル盤があったのを思い出しました。
僕は彼らが帰らないうちに急いでサンプル盤を探し出し、さりげなくエヴァルドをかけ始めました。
「……あ!これこれ!」エヴァルドを知っている男子がすぐに気づきました。
「へー、こんな曲かぁ」などと、BGMを聴きながら2人の話は盛り上がったのでした。
我ながらあまりに出来すぎた流れに、僕が2人の話を聞いていたのがバレちゃうんじゃないかとヒヤヒヤして、そっと売り場を離れました。
ちょっとやり過ぎたかな?