成功体験は成功したから成功体験と呼べるのであって、同じプロセスを踏んでも失敗する人は失敗する。僕のキャリアの中に成功体験と呼べるものはほとんどないけれど、大切にしている体験はたくさんある。
先日、深夜に探しものをしていたら懐かしいものが出てきた。西梅田のハービスENTに入っていたJEUGIA梅田店で働いていたときの「サポーターズカード」、通称さぽか。当時は梅田店がオープンして4年目ぐらいだったと思う。今だから言えるけど、集客にはずっと苦戦していて、ポジティブに表現すれば、僕らには時間がたくさんあった。そこで、僕が担当していたクラシックCDのフロアで、こちらからお客様に積極的にお声かけするという、普通のCDショップではまずやらない、アパレル的接客をはじめてみることにした。ハービスENTはもともと、じっくり丁寧に接客できるような落ち着いた雰囲気を持っていたということもある。
そして新しい接客を始めると同時に、当時クラシックフロアにいた6人のスタッフ全員に、日々の接客を記録する「さぽか」を毎日書いてもらうようにした。このカードは「何かを売った」ということは重視しなかった。購入に直接繋がらなくても「お客様の音楽体験をサポートできた」「音楽を喜びを共有できた」ことを書くようにお願いした。「さぽか」を始めてから、みんなその日一番印象的だった接客を、自分の気持ちやお客様の反応を交えて細かく書いてくれた。何しろ、僕たちには時間がたくさんあったから。
書いたカードは、翌朝レジの前に張り出してみんなで読んだ。毎日続けて読んでいくと、みんなの接客スタイルの違いがわかってきて面白かったり、自分が接客してないお客様のことも身近に感じたりして、「さぽか」を読むのが朝の楽しい日課になっていった。1ヶ月ごとに僕が独断で決めた「さぽか大賞」を選んで、ささやかな景品をプレゼントしたりもした。全員が1日も欠かさずに書いてくれたのは、発案者としてはすごく嬉しかった。
「さぽか」を始めてから5ヶ月後、会社の方針で店が大改装されて楽器販売メインの店となり、CDフロアはなくなった。結果だけで語るなら、この試みは実を結ばなかった。だから成功体験とは呼べないけど、僕が大切にしている体験だ。そして何も成し遂げてないのに、なぜか確信に近い思いが残った。
「人の姿さえ見えていれば、きっと大丈夫」