2017-10-09 井阪美恵×南部由貴デュオ・リサイタル インタビュー 4/4

  • 視覚的要素の種類

 井阪さんはフォーレのソナタの説明をするとき、フォーレにはドビュッシーのような視覚的な要素はないと言いました。ドビュッシーにある視覚的な要素とはどんなものなのでしょうか。

井阪「ドビュッシーは視覚的な音楽だと思います。音を聴いていると、何かしらの映像が浮かんできます。例えばモーツァルトとかは、オペラのシーンを思い浮かべることを除けば、目に見えるものの音という感じがしないんです。ブラームスも視覚的要素よりも、見えない心の音がします。でも、ドビュッシーはもちろん心の音がするところもあるんですけれど、それよりは目で見たものの音が聞こえる感じがします。

 例えば光の粒とか、葉っぱに水が当たるところとか。近いところに焦点を合わせて、ある一部分を切り取って撮っている感じ。肉眼で見るより細かったりとか、ちょっとデフォルメされてたりとか、ちょっと加工されてる感じがします。実際に見えてるものの一部の、一番綺麗なところをさらに美化した感じは、プロのカメラマンさんがやっているインスタグラムみたいでしょ?

 プロコフィエフも視覚的要素がたくさんあるんですけれど、ドビュッシーとは見えるものの種類が違うと思うんです。よりリアルな、兵隊の足音みたいな場面だったりとか、劇伴に近いと思います。実際にプロコフィエフは、ソビエト映画の音楽も書いていますし、ストーリー性であったり、人の動きとか物の動きとか音とかが、そのまま聞こえる感じがします。それこそ『映像の世紀』に近いなと思って。白黒の映像が浮かぶところがたくさんあります。

 その点、フォーレは音自体の主張が強くて、何かが浮かぶという感じはあんまりしないです。そういう意味ではモーツァルトなんかに近いと思います。3曲ともそれぞれ全然違うんです」

 2人が住んでいたヨーロッパでは、近所の人たちや観光客がふらっとコンサートに聴きに行くという光景が日常的にありました。演奏者も曲目も知らないようなコンサートでも、ハイキングに行くぐらいの気軽さでお客様が集まってくるそうです。今回のリサイタルは、クラシック愛好者が好むようなプログラムになっていますが、ヨーロッパのように気軽にふらっと来てもらってもいいと言います。

井阪「気軽で親しみやすい、ハッピーな感じのコンサートの方が人気だと思うんですけれど、映画でもハッピーエンドの作品があれば、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のような救いがない作品もあるように、音楽にも、えぐられるような、命を削るような音楽があります。そういう音楽に出会ったことのないな、という方にもぜひ聴きに来ていただきたいです。クラシック音楽にこういう面もあるんだな、というのをもっと伝えていきたいです。特にプロコフィエフは、ぐさっと刺さると思います。弾いていても刺さるので。

 ショスタコーヴィチの交響曲もそうでした。オーケストラで第11番を弾いたとき、弾きながら刺さっていました。いっぱい撃たれたみたいな感じになったけれど、そういう衝撃とか痛みみたいなものが音楽にはあります」

 いつの頃からか「音楽は楽しいもの」というイメージだけが先行して語られるようになってきた気がしますが、もちろん音楽は楽しいだけではありません。涙がでるほど悲しい音楽もあれば、心が沈んでしまうほど辛い音楽もある。大切に思っている大きなステージであるほど、音楽家は魂をさらけ出して音楽と真摯に対峙し、その全てを表現しようとします。

井阪「プロコフィエフの1番を気軽に弾いている人は見たことないですね。そういう気持ちでは弾けないので。その曲を選んだ時点で、みんな覚悟は決めていると思います。そういう音楽があるよっていうのを知ってほしい。ふらっと来た人にも『思ってたのと違ったけど、すごく刺さった』って思って帰ってもらいたいです」 <了>

(公財)青山財団助成公演 井阪美恵×南部由貴 デュオリサイタル
日時:2017年 10月28日(土)17:00開演(16:30開場)
http://barocksaal.com/concert_schedule/concert20171028.html

入場料:一般¥3,000・学生¥2,000(当日各¥500増)全席自由
会場:青山音楽記念館バロックザール
《演奏曲目》
◆ドビュッシー/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
◆フォーレ/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第2番 Op.108
◆プロコフィエフ/ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番 Op.80

《チケット販売》
◎青山音楽記念館 075-393-0011
◎チケットぴあ 0570-02-9999 (Pコード 330-368)
※未就学児入館不可

◆井阪 美恵 Mie Isaka ヴァイオリン
 桐朋女子高校音楽科卒業。在学中、桐朋学園オーケストラのフォアシュピーラーや首席ヴィオラ奏者を務める。桐朋学園大学在学中に渡仏し、2010年パリ国立地方音楽院最高課程を修了。同年よりピエール・アモイヤル氏のもとで研鑽を積み、2011年にはアモイヤル氏とブラームスの弦楽六重奏を共演。2012年スイス・ローザンヌ高等音楽院学士課程ヴァイオリン科を満場一致の最高点を得て首席で卒業。同音楽院よりにエクセレント・リサイタル賞を授与される。
 その後、国立ザルツブルク・モーツァルテウム大学で学び、2016年に同大学修士課程を満場一致の最優秀で修了。在学中はモーツァルテウム管弦楽団のエキストラとしても活動。2008年パリ・ヴァトロ=ランパルコンクールにて第1位及び審査員特別賞を受賞。第21回ブラームス国際音楽コンクール(オーストリア)室内楽部門にて、ヴァイオリンとピアノのデュオとして唯一セミファイナリストに選ばれる。2017年秋篠音楽堂室内楽フェスタ賞受賞。
 これまでにヴァイオリンを田中千香士、石井志都子、フレデリック・ラロック、ジェラール・プーレ、ピエール・アモイヤルの各氏に、室内楽をヴァンサン・コック、パトリック・ジュネ、レオナルド・ロチェックの各氏に師事。2016年より拠点を日本に移し、いずみシンフォニエッタ大阪のメンバーとして『ウィーン・ムジークフェスト2017 Vol.3』に出演するなど、オーケストラ、室内楽、ソロなど、年間60回を超えるコンサートに出演中。ウェブサイト:http://www.mieisaka.com/

◆南部 由貴 Yuki Nanbu ピアノ
 桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学音楽学部卒業。同大学研究科を経て渡欧。ウィーン国立音楽大学ピアノ室内楽科を最優秀の成績で、同大学院修士課程を審査員満場一致の最優秀で修了。第5回ルーマニア国際音楽コンクールピアノ部門第2位、併せてルーマニア政府観光局賞を受賞。第8回トレビーゾ国際音楽コンクール室内楽部門、現代音楽部門において第1位。第1回ベルリン。ライジングスターズグランプリ国際音楽コンクール室内楽部門にて奨励賞を受賞。
 桐朋女子高等学校音楽科卒業演奏会、関西桐朋会新人演奏会、読売新人演奏会、ベートーヴェンハウス(ハイリゲンシュタットの遺書の家)でのコンサート”ベートーヴェンの午後Ein Nachmi ttag mi t Beethoven″ 、シューベルトの生家でのウィーン若手演奏家コンサートシリーズ”Junge Talente”、在パリ日本文化会館での”作曲家・伊福部昭オマージュコンサートなど、数多くの演奏会に出演。これまでにポーランド国立クラクフ室内楽管弦楽団、鹿児島モーツァルト室内オーケストラと共演するなど、ソリスト、アンサンブルピアニストとして演奏活動を行っている。
 これまでにピアノを片野田郁子、兼松雅子、吉村真代、アヴェディス・クユムジャン各氏に、室内楽をアヴェディス・クユムジャン、藤井一興、原田敬子、テレザ・レオポルト、ゴッドフリート・ポコルニー、シュテファン・メンデル各氏に、歌曲伴奏法を木村俊光、ダヴィッド・ルッツ各氏に師事。現在京都在住。ウェブサイト:http://www.yuki-nambu.com