【クラウドファンディング2日目】クラウドファンディングに寄せて

自分の演奏を残す最初で最後のチャンス

誰が言ったのか、どこで見たのか、正確な言い回しも忘れてしまったけれど、「インターネットの登場で人生のネタバレが進んだ」という言葉が好きです。
かつては、おじいちゃん、おばあちゃんの昔話や、偉人の伝記本やテレビや映画でしか知ることができなかった、自分以外の誰かの人生の物語。
今では誰もが簡単にインターネットにアクセスして、名前も知らない人たちの人生の断片を、リアルタイムで見ることができます。

ここに、柳楽正人という男がいます。
「ホルン」というキーワードを軸にして略歴を書くなら、「音大を卒業して約3年間ホルン奏者として活動した後に就職。その後の20余年はほとんど楽器にも触れることがなかったが、2015年から断続的に演奏を再開。ホルン奏者だった証として、50歳の節目にソロアルバム制作を決意」となるでしょう。
僕は今、自分の演奏を作品として残すために、おそらく最初で最後のチャンスに挑んでいます。
もうすぐ50歳になる自分の半生の記録として。
そして、音大を出て演奏活動を生業にしなかった人間がたどり着いた場所を示すための、音楽人生のネタバレの象徴として。

大学卒業後3年で演奏家を引退

僕は大学卒業後、3年ほどフリーランスのホルン奏者として活動したのち、職業としての演奏活動に終止符を打ちました。
理由は割とはっきりしています。
自分で演奏するときのモチベーションと、自分以外の素晴らしい演奏を「この人すごいから聴いてみて!」と薦めるときのモチベーションが、ほとんど同じだということに気づいてしまったからです。
こうして演奏活動を辞め、楽譜販売店やCDショップ、音大の職員など、主に音楽関係の仕事を転々としてきました。

演奏活動を辞めて以降、ホルンを吹くことはほとんどありませんでした。
4年に1度くらいは仲間内の会でちょっとした演奏をする機会があったものの、それ以外は楽器ケースに触れることすらなかったので、「ホルンのケースの開け方を忘れちゃいました」というのを鉄板ネタにしていたぐらいです。
僕は、自分が素晴らしいと思える音楽を紹介できれば満足だったので、ホルンを吹くことに未練はありませんでした。
だから、この鉄板ネタは一生使えるキラーフレーズのはずでした。

運命を変えた1枚の楽譜メモ

その運命が変わったのは、あるミュージシャンに見せられた、小さなメモ帳に書き込まれた楽譜でした。
そのメモ帳の持ち主は、新井洋平さんといいます。
彼は僕が演奏家の派遣をするようになって出会ったミュージシャンで、アコーディオンとコントラバスのデュオユニット、ウミネコ楽団のコントラバス奏者であり、ウミネコ楽団の楽曲のほとんどを手がけている、優れた作曲家でもあります。
新井さんは「この曲は、夢の中で聴いたホルンのメロディーなんです」と言いました。
僕はその楽譜を眺めながら、ホルンで演奏したものを録音して、その音源を新井さんに送ってみようと思い立ちました。

家に帰って、久しぶりにケースを開けてホルンを吹いてみました。
吹き方はまだ身体が覚えてくれているけど、やっぱり決定的にスタミナがありません。
今の僕には残念ながら、このメロディーを通して演奏することはできそうにありませんでした。
そこで、ワンフレーズごとに少しずつ録音して、あとからそれを繋ぐ方法で録ることにしました。
僕は普段から、本格的なものではないものの音声編集ソフトを使っていたので、メロディーの断片を繋いでひとつの曲にすることは、比較的容易な作業でした。
そうして完成したメロディーを聴きながら、僕はこんなことを思っていました。
(そうか、実演ではもう再現不可能だとしても、レコーディングでなら、自分の音楽を残すことができるかもしれない)
この体験は、僕に新鮮な驚きと喜びの種をもたらしてくれました。

ウミネコ楽団「Gasparo」への参加

後にこのメロディーは、ウミネコ楽団の新しいアルバムに収録されることになりました。
そして新井さんは、そのアルバムのレコーディングに、ホルン奏者として僕を抜擢したのです。
もしもこれがコンサートのお誘いだったら、おそらく僕は即座に断っていたことでしょう。
でもレコーディングなら……レコーディングでなら、自分の音楽を残すことができるかもしれない。
現時点では実演での再現はできないかもしれない、という状況も説明した上で、レコーディングに参加させてもらうことになりました。

こうして完成したアルバム「Gasparo」は、ジャケットの両面ともに、キングコングの西野亮廣さんが書き下ろしたイラストが使われています。
ウミネコ楽団と共にレコーディングに参加したメンバーは、第一線で活躍する凄腕ミュージシャンばかり。
そんな素敵なアルバムに、なぜ僕がミュージシャンとして参加させてもらえたのか、その運命が今でも不思議でしようがありません。
この時、僕は演奏家を引退してから20年近くが経っていました。

50歳記念のCDを作ることを決意

このレコーディングをきっかけに、僕は断続的にホルンを吹く機会を持つようになりました。
「Gasparo」の発売記念コンサートや、老人ホームでの小さなコンサートなど、本番の機会がいくつかあり、現役の頃のような難しい曲は無理としても、実演でホルンの演奏を披露するところまではスタミナも回復させることができました。
20年前に演奏活動を完全に辞めた人間のボーナストラックとしては、充分すぎるほどに充実していました。

さらにこのタイミングで、留学先のモスクワから帰国したばかりだった素敵なピアニスト、奈良綾香さんと共演するご縁があり、ホルン奏者として最後の充実期を迎えているこの時に、自分の演奏を作品として残したいという気持ちが芽生えてきました。
2020年に50歳を迎えるので、自分自身のちょうどいい区切りの記念にもなります。
不勉強にして知らなかったけれど、還暦や古希などの長寿のお祝いは、数え年で行うのだそうです。
ということは、まさに2019年の今年が、数えで50歳の記念年ということになります。
奈良さんには何度もリハーサルにつきあってもらい、試演会での演奏を経て、2019年2月にテストを兼ねた最初のレコーディングを行いました。

身の丈に合ったやり方で音楽と付き合う

今回のアルバム用に選んだ曲には、もともとホルンのために作曲されたものは1曲しかありません。
あとはトロンボーン、ユーフォニアム、バリトンサックスなど、ホルンよりも少し音域が低い楽器のための曲を演奏しようと思っています。
もちろんレコーディングなので、実演では再現不可能な曲を選ぶこともできます。
でも、それらの曲を練習するのにも、やっぱりスタミナは必要です。
せっかく取り組むなら、リハーサルからスタミナを気にせずに音楽作りに専念したい。
そしてこの選曲は、もしかしたら僕のように、音大を出てから長いブランクがある人たちが再び本気で音楽と付き合うための、ひとつのいいサンプルになるかもしれないと考えています。

もしもここで初めて僕のことを知り、今回のやり方で録音された作品を聴いて、今の自分の身の丈にあった選曲や、身の丈にあった方法で録音すれば、自分にもそこそこの作品が残せるかもしれない、と思ってくれる人が一人でもいるなら、このクラウドファンディングは半分成功したようなものだと思っています。
今作っている音源に、個人の思い出以上の価値が生まれるのなら、これほど嬉しいことはありません。
僕は「音楽を愛する人たちのサポーター」として、音大を出て演奏を生業にしなかった人間が音楽と付き合う方法を、ネタバレし続けていきたいと思っています。

【クラウドファンディング1日目】ホルンソロの音源を制作します

ホルンソロのCDを作るのに資金が予想外に足りなさそうなので、クラウドファンディングの呼びかけをさせていただくことにしました。ご協力いただける方はぜひよろしくお願いします。音源が完成したら販売もする予定なので、クラウドファンディングでなくても、買うよーと言っていただけるだけでも嬉しいです。


50歳記念でホルンソロの音源を制作中です。予定よりスタジオ代がかかりそうで、制作費のご支援をいただけないでしょうか。

僕は京都芸大を卒業後、3年で演奏を辞め、楽譜販売店、CDショップ、音大職員など様々な立場で音楽をサポートしてきました。就職してからはホルンを吹くことはほとんどありませんでしたが、5年前から少しずつ演奏を再開し、最後の充実期を迎えている今のうちに自分の演奏を作品として残したいと思いました。

レコーディングはミスなく演奏できるまで何度も録り直すので、1日に録れるのは3曲程度です。候補曲は10曲以上あるので、できればあと3~4回はスタジオに入りたいです。この音源を作ることで、音大を出て演奏を仕事にせず、長いブランクがある人にでも、理想の音楽に近づく方法はあるということも伝えたいです。どうかご支援よろしくお願いいたします。

ご支援:500円から
お礼:レコーディングの様子を随時お伝えします。2000円以上のご支援で完成したCD1枚をお送りします。

音楽と暮らす方法

アルバムタイトルに「How to live with music」というキーワードが思い浮かんでいます。このレコーディングは、今の僕が示すことができる「音楽と暮らす方法」です。演奏を生業にせず、20年間ほとんど楽器に触れることがなかった僕でも、スタジオレコーディングという形でなら、自分の音楽を残せるかもしれない。おそらく最初で最後の演奏家としての証です。

もう今の僕には、基本的なホルンのレパートリーを演奏できるスタミナはありません。だからホルンより少し音域が低い楽器の曲から、今の自分にも無理なく演奏できる、身の丈に合った曲を選んでいます。学生時代に勉強したレパートリーが演奏できなければ意味がないと思う人もいるかもしれません。でもこれが僕の考える「音楽と暮らす方法」です。

ピアノの奈良綾香さんには無理をお願いして、ピアノパートは電子ピアノで別録りしています。後からホルンだけをワンフレーズずつ何度も録り直し、さらに録った後にタイミングやピッチ修正を加えるためです。現役のプレーヤーが同じ曲をレコーディングしたら、ピアノと一緒に演奏して30分で録り終わるでしょう。こんなやり方は不自然だという人もいると思います。失うものが多いことも承知しています。でもこれが僕の考える「音楽と暮らす方法」です。

あと数回のレコーディングを経て、夏ぐらいには完成させたいなと思っています。

A Song for Japan

先日録り終わったレコーディング第1弾から「A Song for Japan」を公開します。この曲は2011年に、東日本大震災へのエールとしてフェルヘルストによって作曲されました。この曲の楽譜はフリーで公開されており、オリジナルのトロンボーンでの演奏だけでなく、様々な楽器編成に編曲され、現在も演奏され続けています。

自分の思いを作品として残すことの意味を、最近よく考えます。個人的な感想を口にするだけではなく、その思いに普遍性を持たせて作品にすることで、より多くの人の心に、時を超えて届けることができる。作品として残されていることで、僕たちはいつでもそこに新しい思いを込めたり、新鮮な気持ちで受け止めることができます。震災に遭われた方々の未来が明るいものであることを、今もこれからもずっと信じています。

《演奏者紹介》
音大を卒業して約3年間ホルン奏者として活動した後に就職。その後20年間はほとんど楽器にも触れることがなかったが、2015年から断続的に演奏を再開。50歳の節目に音楽人生の証としてソロアルバム制作を決意。「How to live with music(仮)」2019年夏頃完成予定。

柳楽正人 ホルン
奈良綾香 ピアノ

レコーディング1日目終了

レコーディング終わりました。楽しかった!そして時間はいくらあっても足りない!今日絶対に録音したい本命1曲を含めて4曲用意していったけど、結局3曲「半」収録できました。「半」というのは、ピアノパートだけ録音してホルンが録れなかった曲が1曲あったからです。

今回のレコーディングは全てクラシックの作品ですが、ホールでグランドピアノを弾くのではなく、レコーディングスタジオの電子ピアノで録っています。そしてピアノだけ先に録音しておいて、それに後からホルンを乗せる方式を取りました。僕のようなたまにしか吹かない、だから演奏の精度が低い、だからスタミナがないプレーヤーは、少しずつ少しずつ、何度も何度も録り直しながら進んでいかないといいものができないことはわかっているから、そのエンドレスリテイク地獄にピアニストを巻き込むわけにはいかないのです。

このやり方だと、ピアノとホルンはそれぞれ独立して録音できるので、例えばホルンの音だけを少し修正するということも可能です。今はピッチやリズムのズレも簡単に直すことができるので、編集に時間をかけて気になるところはどんどん直していきました。

クラシックの演奏家がクラシック作品をレコーディングするとき、電子ピアノを使うという選択肢はまず考えられないし、ソロを別録りしてピッチ修正をがっつり入れたりする人も、まずいないと思います。これは明らかな邪道です。でも愛好家が自分の記念として演奏を残したいと思うなら、そしてそれが単なる成長の記録ではなく自分が考える音楽により近づけた「作品」として残したいと思うなら、スタジオでの録音は充分に検討するに値すると思います。僕が作った作品を聴いてもらうことで、それを実感してもらえたらいいなと考えています。レコーディングはあと数回続きますが、3月中に仮ミックスの曲を1曲公開する予定です。