2009-10-06 実録風オペラ「椿姫」

これは、ヴェルディのオペラ「椿姫」をモチーフにした、実録風創作エッセイです。
大まかなあらすじは参考にしていますが、自由に羽を伸ばして書いています。


僕の先輩の友達に「ボンさん」という人がいる。
彼の父親は、会社の名前を出せば誰でも知っているような、大阪のある有名企業の社長だ。
ボンさんは、社長の息子、つまりボンボンであるというところから、それが略されて「ボンさん」と呼ばれるようになったらしい。
それはともかく今回は、先輩がボンさんから聞いた話を書いておこうと思う。
ボンさんがこれを読むことは多分ないと思うけど、もし読んだとしても構わない。
僕はボンさんのお父さんのやったことには、納得ができない。
はっきり言わせてもらうと、怒っている。

ボンさんには恋人がいた。
その女性はセクシータレントと言うのだろうか、AV女優出身でタレントとして活躍している人だった。
ボンさんはよく東京に行っては、芸能人が集まるパーティーに参加していて、彼女とはそこで知り合ったという。
僕は彼女を深夜番組か何かで見たことがあり、名前は聞いたことがある人だった。
彼女はボンさんと付き合ったのをきっかけに、全てのタレント業を引退した。
2人で瀬戸内に浮かぶ島に家を買って暮らしていたそうだ。

ところが、ある日突然2人は別れた。
しかも何の前触れもなく、彼女は置手紙を残してボンさんの元を去ったという。
先輩も周りの友達も、むちゃくちゃ仲がよかったあの2人が別れるなんて、と信じられなかったそうだ。
瀬戸内の家を売って大阪の実家に帰ってきたボンさんは、かなり長いことショックを受けて落ち込んでいたらしい。

ボンさんのお父さんが密かに彼女と会っていて、別れるように迫っていたというのは、後になってわかった話だ。
息子の彼女が元AV女優というのは、有名企業の社長としては耐えられなかったということなんだろう。
ボンさんは、彼女の去り方はおかしいとずっと思っていて、お父さんが彼女に何かしたに違いないと疑っていたらしい。
それでしつこく追求したところ、お父さんはそれを認めて、彼女と会ったときのことをボンさんに全部しゃべったという。

でも、全てがわかった時にはもう遅かった。
もともと体が弱かった彼女は、その頃には肺結核で入院していて、そのまま亡くなってしまったのだ。
亡くなる直前にボンさんとお父さんが病院に駆けつけ、最後に彼女と話ができたのが、ほんのわずかの救いだと言えるかもしれない。
いや、やっぱりそんなの救いでも何でもない。
ボンさんと彼女の心情を思うと、あまりに悲しすぎる。

僕はボンさんのお父さんがやったことは、納得していない。
ボンさんが彼女と暮らし始めた頃、ボンさんの妹に結婚話があったそうだ。
でも相手の両親に、ボンさんが元AV女優と暮らしていることを知られて、妹さんの結婚話が破談になりかけたという。
それもあってお父さんは、彼女に会いに行って別れてくれと言ったわけだ。
でも、妹の幸せのために別れてくれっていうのはどうなんだ。
お父さんは彼女に「息子と別れることで、一家を救ってくれ」という言い方でお願いしたそうだ。
兄が不幸せになることが、一家が救われたことになるの?
彼女の幸せのことは、何も考えてないの?

彼女がボンさんのことを真剣に好きなこと、両親を早くに亡くしていること、体が弱くて病気がちなこと、お父さんは全部、彼女から直接聞いたという。
しかしそれを知ってなお、どうしても2人を別れさせようとした。
「男は移り気だ、今は若くてきれいだけど、歳を取ったらすぐに飽きられる」みたいなことまで言ったらしい。

いや、ちょっと待ってよ。
こんな勝手なわがまま、あまりにもひどいじゃないか。
お父さんは、表向きは妹が幸せになるためにって言っているけど、本当は違うんじゃないの?
兄が元AV女優と別れてくれれば、自分が嬉しい。
妹が好青年と結婚すれば、自分が嬉しい。
みんなのことを考えているようで、兄のことも妹のことも考えていない。
結局のところ、お父さんはただ自分が幸せになりたいだけだ。
自分が考える幸せのレールに、周りを押し込めたいだけだ。
自分が幸せになるために、ボンさんや彼女の思いはバッサリ切り捨てられた。

最後に彼女の病院に行ったときもそうだ。
ボンさんは彼女の回復を信じ、そして1秒でも長く彼女のそばにいたかったはずなのに、お父さんはそんなことはお構いなしで、ボンさんに向かって「すまなかった」とくり返すだけだったという。
僕に言わせれば、お父さんはやっぱり、ボンさんのことも彼女のことも考えていない。
謝ることで、ただ自分が楽になりたいだけだ。

僕は厳しすぎるだろうか?
これは先輩がボンさんから聞いた話だから、多少ボンさん寄りにはなっているかもしれない。
それでも僕は、お父さんに同情することはできない。
ボンさんには幸せになって欲しいと心から願っている。