2009-09-22 憧れの大器晩成

僕がまだ学生だったころ、コンピューター占いというものをやってみたことがある。
これから死ぬまでの人生の運気が、折れ線グラフになって印刷されて出てくるものだった。
もうその用紙はとっくに失くしてしまったけど、それによると僕の人生は、確か40代と60代ぐらいに大きな山があったはずだ。
僕はこの結果に大いに喜んだ。
当時からなぜか、自分のことを大器晩成型だと信じていたからだ。
いや、信じるというより、憧れているという方が正しいかもしれない。

モーツァルトは、僕があらためて言うまでもなく、音楽史上最高の天才作曲家だ。
彼が初めて作曲をしたのは、5才のとき。
いかにも小さな子供が弾きそうな、短くてかわいらしいピアノ曲だけど、天才幼稚園児モーツァルトはそれを弾いたのではなく、自分で作曲した。
彼が初めてのオーケストラ曲、「交響曲第1番」を書いたのは、9才になる年のこと。
天才小学3年生は、頭にひらめいたメロディとハーモニーを、2本のオーボエと2本のホルンと5つの弦楽器パートに書き分け、小規模ながら3楽章の立派な交響曲を作ってしまった。
彼が初めてオペラを書いたのは、12才のとき。
天才6年生は、3組の男女が入り乱れるドタバタ恋愛劇を2時間以上に渡って……キリがないからもういいでしょう!

そんなモーツァルトの音楽を聴いていると、ある種の感情が沸き起こってくることがある。
自分の人生と重ね合わせて、空しい気分になってしまうことがあるのだ。
僕が5才のときは……何をしていたか覚えていない!
僕が9才のときは……よつばいになって犬のように校庭を走り回っていた!
僕が12才のときは……もういいでしょう!
僕がもう絶対に天才になりようがないのは、覆すことができない真実だ。
ある日突然才能が開花するようなこともなく、今まで生きてきた。
そんな僕に残された希望、それが大器晩成型の人生なのだ。
まだ開花していない隠れた才能とやらを信じて生きる方が、ちょっとだけ人生が楽しくなる。
そんなわけで僕はモーツァルトのような神童よりも、晩年に花開いた作曲家の方が気になる。

4つの交響曲によって人気を不動のものとしたブラームスが、最初の交響曲を完成させたのは43歳のとき。
ブラームスはそれ以前にも優れた作品がたくさんあって、既に偉大な作曲家として認められていたから、晩成型と言うには少し違うのかもしれない。
それでも最初の交響曲を作ったのが40歳を越えているというのは、クラシック作曲家の前例の中では遅い。
それ以後も数々の傑作をものにした彼は、60歳を前にして自分の老いと創作意欲の衰えを感じ、いったん引退を決意する。
しかしちょうどその頃、ミュールフェルトというクラリネット奏者の素晴らしい演奏に触発され、再び創作意欲を取り戻したという。
この引退撤回後の作品群こそ、クラシックファンにとっての宝物で、クラリネット五重奏曲や三重奏曲、一連のピアノ小品集など、最晩年にたどり着いた枯れた味わいの澄み切った楽想は、僕の心を深く静かに震わせる。

60歳を過ぎてから作曲家としての名声を得た、ヤナーチェクというチェコの作曲家もなかなかの晩成型だ。
彼の代表作に、1928年に完成された弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」という曲がある。
この曲はヤナーチェクが74歳のときの作品。
「ないしょの手紙」というのはラブレターのことで、ヤナーチェク自身が実際に送っていたものだ。
そのお相手は、ヤナーチェクが63歳の時に出合ったカミラという女性。
カミラはヤナーチェクよりも37歳も年下の人妻だった。
この恋は、老ヤナーチェクの一方的な片思いだったみたいだけれど、2人は700通もの往復書簡を交わしたという。
ここまでくると、作曲家としてというより男としてすごい。
こんな人生を送ってみたいか、と言われると微妙だけど……。

1958年に85歳の生涯を閉じたイギリスの長寿作曲家、ヴォーン=ウィリアムズも典型的な晩成型で、よく知られた作品の多くは50歳を越えてから作られたものだ。
彼の最も有名な曲のひとつに「チューバ協奏曲」という曲がある。
この曲はヴォーン=ウィリアムズの代表作であるばかりか、古今のチューバ協奏曲の中の最高峰とされている。
民謡収集家としても知られていた彼の特徴が現れた、日本の民謡にも通じるムードを持つ、活き活きとした第1楽章。
そして何と言っても、僕がクラシック音楽の最も美しいメロディのひとつだと思っている、夢見るような潤いに満ちた第2楽章。
こんなにみずみずしいロマンティックなメロディを思いついたのは、82歳のおじいちゃんなのだ!
ああ、僕もいつかこんなおじいちゃんになれるだろうか。

こうした人生の大先輩たちが残した傑作を聴いていると、生きる勇気のようなものが沸いてくる。
人生まだまだこれからだな、と。
昨年、京都の亀岡で占ってもらった霊能力者によると、僕は80歳以上生きるらしい。

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