2009-02-07 CD紹介の心得

僕がCDショップの店員になって以来、ずっと肝に銘じている言葉があります。
それは最初に入ったCDショップで読んだ、店員の心得を書いたプリント冊子の言葉です。
正確な表現は忘れてしまいましたが、そこには「CDショップの店員は評論家ではない」という意味のことが書かれていました。
僕たちの仕事はお客様と音楽との橋渡しであって、音楽を批評してその良し悪しを語ることが目的ではないということです。
特にクラシックという音楽は、美学論や芸術論、時に考古学までも含んだ学術的な要素のあるジャンルなので、ついつい得意顔で良し悪しを語ってしまいがちな傾向にあるように思います。
そんな音楽ジャンルなだけに、余計に「CDショップの店員は評論家ではない」という言葉には重みがあります。

CDショップの店員が「この演奏はよくない」とバッサリと切って捨てる説明をしているのを見聞きすると、残念な気持ちになります。
音楽に純粋なあまり、結果として自分たちが売っているものの価値を下げてしまっているのです。
お客様が感想を述べるのは自由ですが、販売する側のスタッフが同じ気分で評論してしまうと「じゃあ何で良くないものを売ってるの?」ということになってしまいます。

でもお客様としてはそこまで気にしてないようで、むしろCDショップのスタッフに対して経験豊富なクラシックファンとしての正直な意見を求めておられるように感じます。
「この演奏はここがダメだ」とはっきり批評する方が好まれるのは僕としては複雑な気分ですが、でもやっぱり自分の店で扱っている商品を悪く言うことには抵抗があります。
そもそもCDになっているということ自体、誰かがこの演奏をいいと思ったからのはず。
僕の個人的な意見と同じくらい、演奏者、制作スタッフ、レコード会社のスタッフなど色々な人たちの思いもきちんとお客様に伝えたいのです。

僕は販売員としてCDについて語るときには、常に肯定的にとらえようと心がけています。
例えばある人が「スケールが小さい」と表現する演奏があるとすれば、僕はきっとそれを「コンパクトな演奏」と言うでしょう。
テンポがうんと遅い演奏を「流れが止まっている」と批評する人もいるでしょうが、僕がコメントを書かなければならない時には「じっくりとした演奏」とすると思います。
それは決して嘘をつくという意味ではなく、短所も裏を返せば長所になると言うように、出来るだけ長所の部分から音楽をとらえていきたいということです。

そんな僕も、たった1度だけ「僕にはこの演奏を売ることはできません」と店長に直訴して、発売直後の商品を全て店頭から引き上げたことがあります。
演奏者の名誉のためにアルバム名は挙げませんが、サンプル盤を聴いたときに、演奏技術の未熟さからくる微妙な音程の狂いに耳が拒絶反応を起こし、気持ち悪くなってしまったのです。
試聴機に入れてお客様に聴いていただき、自分の耳で判断して納得した上で買っていただくという方法もあったのですが、どうしても僕には売ることができませんでした。
メーカーさんに理由を正直に説明する勇気はなかったものの、その後しばらく期間を置いた後で返品させていただきました。

もちろんこれは例外中の例外で、基本的には僕はCDになっている全ての演奏は、必ずどこかに美点があるはずだと思っています。
たとえそれが僕の好みとは正反対の演奏であっても、他の人にとっては素晴らしい演奏かもしれないからです。
以前、「芸術的ではない1枚のアルバムの話」というエッセイを書いたことがありますが、音楽ときちんと向き合えば素人レベルの演奏にも何かしらの意味が見つかるものです。
自分の売っているものを悪く批評するということは、相当な覚悟がいることなのです。

もっとも全てがいいものばかりとなると、今度は僕の優柔不断な性格がモロに出てしまい、「これはいいですよ」「あ、それもいいですね」「いや、こっちもなかなか」と、何とも押しの弱い接客になってしまうのが悩みの種なのですが……。