2009-01-31 思い入れる

僕がお店の中で一番手をかける場所は、試聴機コーナーや特集コーナーです。
時には思い入れタップリのコメントも付けて、今最もお薦めしたいアルバムを選りすぐるこれらのコーナーは、売り場の中で最もホットな場所であり、お客様にまず見て欲しいコーナーであるとも言えます。

同じクラシック関係のお店でも、例えば楽器店だとお客様との対面販売が基本スタイルになりますが、CDショップの場合は売り場を作り込んでおいてお客様が買って下さるのを待つ、言わば受けのスタイルです。
試聴しているお客様の斜め45度からツカツカツカと寄って行って「いらっしゃいませ。普段はどんな曲をお聴きになっておられるんですか?本日はどのような曲をお探しですか?」と攻め行くことは、普通はしません。
あくまでお客様自身に自由に選んでいただきつつ、僕たちの思いを売り場の中で表現しなくてはなりません。
だからこそ、お客様に足を止めていただくために、特集コーナーや試聴アイテムのセレクトやコメントカードには力が入るのです。

ところがクラシックの場合は特にかもしれませんが、お客様はお店に来られた時点で、すでに欲しい曲が決まっていることが多いのです。
そんな人たちは試聴機や特集コーナーには目もくれず、目的の場所にさっさと行ってしまいます。
もちろん、店に置いてあるCDのセレクトに関しても僕たちスタッフの意思が注ぎ込まれているので、お目当ての曲を見つけて買っていただけることだって嬉しいことには違いないのですが、特集コーナーや試聴機には思い入れが詰まっていて手がかかっている分、完全にスルーされるとちょっと悲しいものがあります。

CDショップの店員の大切な仕事として、毎日の売上データを見ながら店頭在庫をチェックしていくという作業があるのですが、同時にCDの並びが乱れた場所がないか、売れたまま空になっているスペースはないかなど、売り場のコンディションもチェックしていきます。
その時、僕がこだわって作った特集コーナーや試聴コーナーの周りは、普通のコーナーに比べて特に念入りにチェックしてしまいます。
通常の売り場はCDが乱れているとあまりいい気はしませんが、特集コーナーのCDやチラシが乱れているのは誰かが注目してくれたという証拠なので、手間ひまかけて作った立場としては、乱れているほど嬉しくなります。

また試聴コーナーでは、どんな曲が聴かれていたのかのチェックもします。
試聴機の中には、再生ボタンを押すと1曲目からではなく、直前に聴いていた人が最後にストップした場所から再生されるタイプのプレイヤーがあり、最後に聴かれたのが何枚目の何曲目かというのがわかるのです。
もちろん、僕がチェックした時にたまたま聴かれていた曲というだけで、それで全体の傾向がわかるわけではないのですが、それでもお客様の行動を知るひとつの手がかりになります。
再生ボタンを押したときに1枚目の1曲目の冒頭から再生される場合は、その試聴機はその日まだ1度も稼動していないということです。
夕方にチェックしたときに、まだ1度も稼動していない試聴機を見つけると「うちのお客様の趣味には合わないのかな」とか「そろそろ新しい特集に変えようかな」などと思い悩みます。
こうして姿の見えないお客様の行動に思いを馳せるひとときは、僕の好きな時間です。

試聴コーナーをチェックした時に、そこからCDが売れているのを見つけると「っしゃあ!」とテンションがぐっと上がるのですが、実際に試聴コーナーで立ち止まっている人を見つけたりすると、テンションはさらにあがります。
レジで作業をしていても、嬉しくなって気になってついつい目で追ってしまいます。
(左側の上から3段目のCDを手にしてるってことは……今聴いてるのはグールドだな)
(おお、そのアルバムを選ぶとは、なかなかいいセンスしてますね!)
(あー、結局何も買わずに帰っちゃったよ……残念)
などなど、お客様の一挙手一投足にまさに一喜一憂してしまうのです。

その観察がエスカレートしてくると、作業の手を止めて身を乗り出しじっと凝視です。
(イチオシのアルバムはそれじゃなくて、その隣!)
(よしよし、CDを手に取って読んでるね。さあ、そろそろヘッドフォンを耳に当てて!)
(あっ、もう聴くの終わり?!クライマックスはもう少し後に来るから、もうちょっと粘って!)
(ね、いい曲でしょ?いい曲でしょ!さあ、もうちょっと聴いたらそれを持って……レジに向かって……あなたは欲しくなーる、欲しくなぁーる)
ここまでくるとほとんど呪文です。
このときの僕の目からは、念のこもった何かが放出されているに違いありません。
そんなことを何度もくり返しているから、きっと試聴コーナーには僕の思いの粒子が積もっていることでしょう。

あなたがいつかCDショップに立ち寄ったとき、買う気もなかったのになぜか引き寄せられるように手にとってしまったアルバムってありませんか?
それは多分、そのアルバムに込められたスタッフの念に引き寄せられたんだと思います。
もしかするとそのアルバムを手に取ったときに、あなたの見えないところで呪文を唱えている店員がいた……かもしれませんよ。