2008-05-23 CDショップで体験した「のだめカンタービレ」ブーム

今や国民的とも言える人気を獲得した「のだめ」については既にあちこちで話題にされていますが、CDショップの立場から語られたものはほとんどないような気がします。
「のだめ」ブームは、僕が神戸でCDショップの店員になりたての頃に始まった、思い出深いイベントのひとつです。
それは、店にやって来た女子高生の一言から始まりました。
「あのー、『のだめカンタービレ』っていうCDありますか?」

「のだめ」という妙な語感が印象的だったのを覚えています。
彼女に聞くと、音大を舞台にしてクラシックを描いた、今人気の少女マンガのサントラのようなCDだとのこと。
店には置いていなかったので、メーカーに問い合わせたところ、発売直後にも関わらず既に生産中止になっていて、手に入らないことが判明しました。
そのことを伝えると、彼女は残念そうに帰っていきました。
(音源か何かの権利関係に不備があったんじゃないかという噂は、後になって聞きました)

その後も「のだめ」のサントラを探しに来る人を見るたびに、僕の「のだめ」への関心は日増しに高まっていき、ついに思い切って買ってみることにしました。
読んでみるとすごく面白いマンガでした。
音大独特の変な雰囲気はよく出ているし、肝心のクラシックの部分についても、専門家が読んでも納得できるほどの緻密な取材が伺え、とても好感が持てました。
翌日には残りの巻も全て買い揃えました。

こんなに面白いマンガからクラシックに興味を持ってくれる人がたくさんいるのに、CDは手に入らない。
サントラが買えないことを知って寂しそうに帰る人たちの後ろ姿を見送るたびに、心が痛みました。
せっかく店に来てくれた人たちをがっかりさせたくない。
せめて、のだめに出てくる曲が入っているCDを教えてあげたい。
そう思ったのが「のだめコーナー」を作るきっかけでした。
クラシック売り場の展開は全面的に任されていたので、すぐに大きくスペースを取ったコーナーを作ることを決めました。

マンガに出てくる曲を少しずつ買い集める人を想定して、1,800円程度を上限としてなるべく安いCDを選ぶことにし、できるだけ1枚のCDの中に登場曲がたくさん入っているカップリングを探しました。
曲目解説はあった方がいいだろうと思い、価格が安くても輸入盤は避けて国内盤を選びました。
演奏と価格のバランスも考えつつセレクトしたそれぞれのCDには、コミックでの登場場面と演奏内容の説明を絡めたコメントカードをつけました。
コミックの表紙を拡大コピーした看板をつけ、気がつくとかなり気合いの入ったコーナーになっていました。

コーナーを作ってすぐに効果は現れました。
立ち止まってひとつひとつのCDをじっくり眺めるお客様が現れました。
看板を見て「あ、のだめちゃんや!」と言って駆け寄ってくる若いカップルも見かけました。
そのうち1枚、2枚と手にとってレジに向かう人が出てくるようになりました。
こうして、のだめコーナーを眺めては、売れているCDをチェックしてニヤニヤするという楽しい時間が日々の業務(?)に加わりました。

神戸のショップが閉店して今の会社に移ってからも、のだめコーナーは継続し、そこでもやはりたくさんの人たちがCDを買ってくれました。
もうこの頃には、のだめコーナーは単なるサントラの代わりではなく、のだめとクラシックの世界を繋ぐ場所になっていました。
人気のある曲は週に何枚も売れるようになりました。
また、売れないCDを別の演奏家のものに変えてみたり、コメントを工夫してみたりと、試行錯誤を繰り返すのも楽しみでした。
僕はのだめコーナーを通じてお客様と繋がっている感じがとても好きでした。

その後「のだめカンタービレ」は、テレビドラマ化されて大ブレイクしました。
その頃から番組の公式アルバムをはじめ、マンガやドラマで使用された曲をまとめた、様々な企画アルバムが発売されるようになりました。
のだめコーナーに置いていた曲がほぼ網羅されたボックスセットも発売されました。
でもそうしたCDが次々と発売され、そして売れていくほど、僕はのだめコーナーが自分の手を離れてしまうような寂しさを感じていました。

企画アルバムが登場するまでは、のだめファンの人たちはクラシックフロアに足を運び、のだめコーナーにあるたくさんのCDの中から悩みながら選び、クラシックの世界に足を踏み入れてくれていたという感覚がありました。
でも企画アルバムは、それを買えばそこで完結してしまう。
寂しいという気持ちと共に、せっかくクラシックに興味を持ってくれた人が、「のだめ」で止まってしまうような気がして残念だという思いもありました。

お祭り騒ぎのようなブームは、ドラマの終わりと共に急速に落ち着いていき、今の店に異動してきた時にはもう、のだめコーナーはありませんでした。
僕は時々こんなことを思います。
かつてのだめコーナーでCDを買った人たちは、今でもクラシックに興味を持ってくれてるかな。
僕が作ったコーナーがきっかけで、クラシックを好きになった人がいたら嬉しいなぁ。

マンガ「のだめカンタービレ」は、現在も連載が続いています。
そして相変わらず、たくさんのクラシック曲が登場しています。
ドラマ以降に出てくる曲を探している人はきっといるに違いありません。
企画アルバムには入っていない曲がたくさん出てきている今なら、またあの頃と同じ気持ちで、のだめファンとクラシックの世界を繋ぐ場所を作ることができるかもしれない。
この文章を書いているうちに、のだめコーナーをまた作ってみたくなりました。