【前回までのあらすじ】
(楽譜店を辞めて以来仕事が定まらず、一時は音楽とは無関係の仕事もしていたものの、とうとうCDショップのクラシック担当という仕事が見つかり……)
再びクラシックと関わることができるという喜びは大きいものでしたが、当初はCDショップという職種自体には、特に強いポリシーを持っていたわけではありませんでした。
むしろCDショップのことは、専門教育を必要とする演奏家や楽譜専門店などと比べて、心のどこかで少しランクが低い仕事のように思っていました。
そして矛盾するようですが、ランクが低い仕事だと思う一方で、クラシックCDの専門スタッフとして働く自信はありませんでした。
僕の中でのクラシックCDの専門スタッフとは、レコードやCDを収集するのが趣味で、例えばベートーヴェンの「第九」を違う演奏家のCDで何十種類も持っているようなマニアックな人、というイメージがありました。
またクラシックCDの専門フロアには、そういうお客様が集まるイメージもありました。
僕もCDショップ巡りは大好きでしたが、1つの曲に対して1種類のCDを持っていれば満足してしまうことが多く、違う演奏家で聴き比べるような聴き方にはあまり興味がありませんでした。
また偏った聴き方しかしてこなかったため、基本的な知識が欠落しており、マニアックな人たちの膨大な知識に対抗できるとは思えませんでした。
でも実際にCDショップで働いてみると、そんなことは忘れてしまうほど楽しい仕事でした。
毎日クラシックが流れている店内で、クラシックが好きなお客様とお話をする毎日。
試聴機に入れるアイテムをあれこれ考えるのは楽しかったし、コメントカードも気合を入れて書きました。
試聴機に入っているCDを手にとってレジに持って行くお客様の姿を見る度に、心の中でガッツポーズをしました。
特に自分で独自に仕入れて展開したCDが売れていくのは快感でした。
神戸という場所柄だったのか、マニアックなお客様よりも、生活の一部としてオシャレにクラシックを聴くような比較的年齢の若いお客様が多かったのも、CDに関する知識の蓄積が少ない僕には合っていました。
気がつくとあっという間に3年が過ぎていました。
しかしやっと暮らしも安定してきたある日、衝撃的な知らせが届きました。
神戸店を閉店させるというのです。
契約社員とアルバイトは全員解雇。
また失業決定です。
その日、僕は店のロッカーでひとり泣きました。
安月給で妻に苦労をさせてまで夢を追いかけてきた結果がこれか。
自分がひどくわがままでバカらしい人間に思えました。
でもCDショップで3年働いてきて、この仕事に強い愛着と魅力を感じていたことも事実でした。
音楽から離れた仕事をするのはイヤだ。
でももうこれ以上、空白の期間を作るわけにはいかない。
閉店までにはまだ時間がある。
僕はすぐに新しい仕事を求めて行動を起こしました。
タイミングよく関西を中心としたCDショップのチェーン店の応募を見つけ、面接を受けに行きました。
残念ながら最終面接で落ちてしまいましたが、落ち込んでいる暇はありません。
次に、大学時代によく通っていた京都のCDショップに飛び込みで電話をして、面談をしてもらうことになりました。
事情を説明し、将来的に社員になることを前提として雇ってもらえないかと訴えました。
結局ここでも、空きがないということで断られたのですが、その時「半年後にオープンさせる大阪の店で、クラシックCD担当の契約社員を募集する予定です。ぜひ受けてみて下さい」と言われました。
僕はこのタイミングに心から感謝しました。
新しい店のオープンは半年後でしたが、その3ヶ月前から準備室を立ち上げるということで、すぐに面接がありました。
そして最終的には京都の支店での採用となりましたが、神戸の店の閉店からわずか1ヶ月後に、僕は再びCDショップで働けることになったのです。
その後、大阪店への異動を経て、今年の2月からは京都の本店で働いています。
「自分が演奏する必要はない」と結論して演奏活動を辞めた当時は、クラシックの素晴らしさを伝えたいという自分の思いをどういう形で表現したらいいのか、まだはっきりと見えていませんでした。
でもCDショップで働いてみると、ここには僕が思い描いていたひとつの理想がありました。
素晴らしい曲や演奏を紹介することで、クラシックが好きな人たちを幸せにすることができる。
CDを通じてクラシックを届けるということは、僕にとって自分が演奏活動をするのと同じ価値を持っていることがわかったのです。
そのことに気づいたとき、少しランクが低いと思っていたこの仕事に、心から誇りを持てるようになりました。
最初はクラシックと関わることができるという、自分の喜びだけで働いていたCDショップでしたが、年数を重ねる毎に「クラシックが好きな人たちの”クラシック・サポーター”になりたい!」という思いが強くなっています。
僕は今、演奏活動をしていた頃と同じ気持ちで、胸を張って働いています。