特別編として、音楽履歴書と題して僕が今までたどってきた音楽遍歴をあらためて振り返っています。
その道のりを振り返ることで、音楽に関わる仕事の紹介にもなればと思っています。
今回は中古CDショップ時代です。
僕が働いていた中古ショップは、チェーン店ではなかったもののブックオフのような形態の店で、中古の書籍とコミック、CDなどを扱っていました。
どちらかと言うとCDよりも書籍、それもコミックの販売がメインの店で、CDはJ-POPや洋楽ロックがほとんどだったので、クラシック音楽とは縁のない仕事でした。
僕がこの店に入って驚いたのは、買い取りの基準や販売価格に関するルールが全くなく、スタッフが各自で文字通り適当にやっていたことです。
対応するスタッフによって、買い取り価格が何百円も違うこともありました。
後で知ったのですがこの中古ショップは、娯楽施設の清掃などの事業をメインにしている会社が経営していて、採算はさほど気にせずいわば社長の道楽でやっていた店だったようです。
社長自身は店の運営にはノータッチで全て現場の若いスタッフに任せていたのですが、それにしてもかなりいい加減な店でした。
僕より年下の、この店で唯一の社員さんも正直あまり当てにならず、社長からは「君がこの店を変えていってくれ」と言われていたので、僕は自分でコミックの買い取り基準を作るところから始めることにしました。
まず僕が参考にしたのがブックオフでした。
ブックオフのコミック買い取り金額の決め方は、新品同様の状態を満額として、そこから上下のヤケの状態、表紙のヨゴレなどをチェックしていきマイナス査定していく方法です。
そのシステムを手本にして、独自の基準を作っていきました。
そうしてできた計算表を使って買い取りのシミュレーションをしてみるのですが、もっと高く買ってもいいような商品が安くなってしまうなど、ところどころに歪みが出てきてしまいます。
その都度新しいルールを作っては実験し、店で実際に使ってみてはまた練り直しと、納得いく基準を作るために、電卓を叩きながら毎日試行錯誤をくり返しました。
こうした通常の買い取り計算表とは別に、ほとんどの中古ショップには「高価買い取りリスト」というものがあります。
人気の高いCDやコミックをリストアップしておき、それぞれの人気に応じた金額で高く買い取るのです。
僕が働いていた店にはこの高価買い取りリストすらなく、それもゼロから自分で作っていくしかありませんでした。
コミックもJ-POPもド素人な僕は、何が人気のタイトルでそれをどうやってピックアップしていいのか、当然のことながら全くわかりません。
毎日家に帰ってから他の中古ショップのホームページを探しまくり、休日には色々な店を回って買い取りリストを手に入れ、ずらりと並べて見比べてみたりしていました。
CDに関しては、オリコンの週間チャートや大手CDショップの売り上げチャートなどを査定基準に反映させる工夫なども試みました。
誰が見てもわかりやすい明快な買い取りシステムで、なおかつ少しでも独自色が出せるような方法はないものかと、夜な夜な頭を悩ませていたものです。
この時期は、日中は店でBGMとしてかかっていた有線のJ-POPランキング番組でヒット曲を聴き、家に帰ってからは買い取りシステムを作るために、各種のチャートやリストとにらめっこをする毎日で、朝から晩までJ-POPと格闘していたような気がします。
最初はJ-POPは門外漢と言っても、ヒット曲程度なら今までも何となく聴いていたから大丈夫だろうと思っていたのですが、いざ調べてみると知らないことが沢山ありました。
ある中古CDショップの高価買い取りリストに、まだブレイクする前の元ちとせの名前が載っていました。
僕はそれを見て「『ちとせ』というバンドが解散してソロになった人かな?まだ本名だとわかってもらえないから”元”『ちとせ』と名乗っているんだろう。きっと有名なバンドだったに違いない」と本気で思い込んでいました。
それがバンド名ではなく”はじめちとせ”という女性ヴォーカルの名前だと知ったのは、しばらく経ってからです。
また某外資系CDショップのヒットチャートの上位にいた「ファンタスティック・プラスチック・マシーン」というグループも全く聞いたことがない名前でした。
そうやって知らないことをひとつひとつクリアしながら、ゆっくりと前に進んでいきました。
最初に書いたように、この店はもともと本気で儲ける気はなかったため、ある日発生した大量万引き事件をきっかけに、社長は「じゃあ今月いっぱいで閉店」と、あっさり店をたたんでしまいました。
まだ入社したばかりだった僕も、たった3ヶ月でクビです。
試行錯誤をくり返していた買い取り計算表も、他のスタッフに伝授する段階までたどり着くことなく、僕の中だけの試作品として封印されました。
朝11時から夜11時まで開いている店を1日中1人で見なければいけない日もあったりして、あらためて考えると笑ってしまうぐらい、本当にちゃらんぽらんな店でしたが、何だかんだ言いながらも毎日J-POPとコミックにまみれて、結構楽しんでいたように思います。
普通の店とは違って自分で仕入れるものをコントロールできない難しさはありますが、その代わり何が入ってくるかわからない、お客様が持ち込んだ袋や箱を開ける瞬間のワクワクする気持ちは、中古ショップならではの楽しさでした。