大きな災害が続いています。抗えない大きな力を前にして「自分の人生って何なんだろう?」という哲学的な疑問が沸き起こっています。阪神大震災の時は僕はまだ20代で若かったからでしょうか、一人暮らしのマンションで余震にビクビクする日々が続いても、そんな哲学的な問いかけはしていませんでした。でも、災害で命を奪われる可能性はさすがに低いとしても、災害で仕事を失うことは普通にあり得ることだと思います。そのことをリアリティーを持って感じられる年齢になったということなのでしょう。
もし僕が今の仕事を全て失ったら、僕は不幸だろうか?と考えたとき、僕は案外、どんな仕事でもそれなりに楽しさを見出してできるんじゃないかと思っています。そしてそれは不幸なのかと問われたら、家族と一緒に日常生活を送っていける方がはるかに大切だと答えるでしょう。自分ではコントロールしようがない病気や事故や災害で、表面的に活動の仕方が変化したとしても、表面的な活動よりももっと深い層にある、幸福の種が守られるならそれでいい。
ここから、幸福の種と音楽についての関係について書きたかったけど、もう目が開けられないほど眠いので、また明日。。。