【クラウドファンディング20日目】現実のレベルはこんな感じです

毎日ここで理想ばっかり語ってるから、クオリティに対するハードルがすごく上がってるような気がしなくもありません。ちょっと現実に戻しておくために、昨年の弾き合い会で演奏したダンツィのホルンソナタの練習音源を置いておきます(静止画です)。初合わせのときのなので方向性が固まってない緩い演奏なのに加えて、ホルン奏者にとっては平易な音域の平易なメロディーなのに、たった30秒もミスなく吹けないのが現実なのでした。さて、こんな現実が現代のテクノロジーでどこまでそれっぽくなるでしょうか、というレベルの話です。

ちなみにこのダンツィのソナタですが、モーツァルトのヴァイオリンソナタがもともと「ヴァイオリン伴奏つきのピアノソナタ」なのと同じように、音楽的にはホルンよりもピアノの方に主導権がある曲です。スタミナがない僕には音域もちょうどよく、いつか演奏してみたい曲として、学生の頃からずっと温めていたレパートリーでした(引き受けてくれた千絵さんありがとう!)。この曲は今回のレコーディングには入れていないのですが、こういうカッチリしたソナタ形式の曲も、じっくり勉強してみたいなと思います。僕はバロックとか古典派の曲がどうも苦手で、どういう風に表現していいかわからないのです。という話は長くなるので、またいつか。

【クラウドファンディング19日目】本来意図していた音楽

ミタホールができて以来、約6年間に開催されてきたコンサートの9割以上は、リハーサルも本番も聴いてきたと思います(ミタホールには事務所がないので、リハーサルの間もホール内の受付で作業をしているのです)。その経験を踏まえて僕が言いたいことは「本番よりもリハーサルの方がいい演奏をしている人の何と多いことか!」もちろんリラックスした普段着の演奏と、本番特有の集中力から生まれる高密度の演奏とでは、そもそもの質が違う部分もあります。でもそれを差し引いても「リハーサルの方が伸び伸び演奏しててよかったのになぁ」と思わないでいられない人たちがたくさんいます。お客様に「今聴いている人たちの本当の姿は、もっと素敵なんですよ!」と言ってあげたい気分になります(笑)

僕は最近では、自分が本番をするときはリハーサルと本番の両方を録音しておいて、あとから編集をして残しておくということをしています(僕はそれを「思い出の美化」と呼んでいます)。本番でミスした箇所をいくつか差し替えるだけでも、本来意図していた音楽に少し戻すことができます。僕のように本番で完璧に演奏できたためしがない人にとって、本当の姿を聴いてもらえる手段がレコーディングだと考えています。

【クラウドファンディング18日目】クラウドファンディングに寄せて【再掲】

今日は2日目に掲載した文章の再放送です。もともとは別のクラウドファンディングサイトに登録するために作成したもので、ホルンを軸にした僕の略歴になっています。

自分の演奏を残す最初で最後のチャンス

誰が言ったのか、どこで見たのか、正確な言い回しも忘れてしまったけれど、「インターネットの登場で人生のネタバレが進んだ」という言葉が好きです。
かつては、おじいちゃん、おばあちゃんの昔話や、偉人の伝記本やテレビや映画でしか知ることができなかった、自分以外の誰かの人生の物語。
今では誰もが簡単にインターネットにアクセスして、名前も知らない人たちの人生の断片を、リアルタイムで見ることができます。

ここに、柳楽正人という男がいます。
「ホルン」というキーワードを軸にして略歴を書くなら、「音大を卒業して約3年間ホルン奏者として活動した後に就職。その後の20余年はほとんど楽器にも触れることがなかったが、2015年から断続的に演奏を再開。ホルン奏者だった証として、50歳の節目にソロアルバム制作を決意」となるでしょう。
僕は今、自分の演奏を作品として残すために、おそらく最初で最後のチャンスに挑んでいます。
もうすぐ50歳になる自分の半生の記録として。
そして、音大を出て演奏活動を生業にしなかった人間がたどり着いた場所を示すための、音楽人生のネタバレの象徴として。

大学卒業後3年で演奏家を引退

僕は大学卒業後、3年ほどフリーランスのホルン奏者として活動したのち、職業としての演奏活動に終止符を打ちました。
理由は割とはっきりしています。
自分で演奏するときのモチベーションと、自分以外の素晴らしい演奏を「この人すごいから聴いてみて!」と薦めるときのモチベーションが、ほとんど同じだということに気づいてしまったからです。
こうして演奏活動を辞め、楽譜販売店やCDショップ、音大の職員など、主に音楽関係の仕事を転々としてきました。

演奏活動を辞めて以降、ホルンを吹くことはほとんどありませんでした。
4年に1度くらいは仲間内の会でちょっとした演奏をする機会があったものの、それ以外は楽器ケースに触れることすらなかったので、「ホルンのケースの開け方を忘れちゃいました」というのを鉄板ネタにしていたぐらいです。
僕は、自分が素晴らしいと思える音楽を紹介できれば満足だったので、ホルンを吹くことに未練はありませんでした。
だから、この鉄板ネタは一生使えるキラーフレーズのはずでした。

運命を変えた1枚の楽譜メモ

その運命が変わったのは、あるミュージシャンに見せられた、小さなメモ帳に書き込まれた楽譜でした。
そのメモ帳の持ち主は、新井洋平さんといいます。
彼は僕が演奏家の派遣をするようになって出会ったミュージシャンで、アコーディオンとコントラバスのデュオユニット、ウミネコ楽団のコントラバス奏者であり、ウミネコ楽団の楽曲のほとんどを手がけている、優れた作曲家でもあります。
新井さんは「この曲は、夢の中で聴いたホルンのメロディーなんです」と言いました。
僕はその楽譜を眺めながら、ホルンで演奏したものを録音して、その音源を新井さんに送ってみようと思い立ちました。

家に帰って、久しぶりにケースを開けてホルンを吹いてみました。
吹き方はまだ身体が覚えてくれているけど、やっぱり決定的にスタミナがありません。
今の僕には残念ながら、このメロディーを通して演奏することはできそうにありませんでした。
そこで、ワンフレーズごとに少しずつ録音して、あとからそれを繋ぐ方法で録ることにしました。
僕は普段から、本格的なものではないものの音声編集ソフトを使っていたので、メロディーの断片を繋いでひとつの曲にすることは、比較的容易な作業でした。
そうして完成したメロディーを聴きながら、僕はこんなことを思っていました。
(そうか、実演ではもう再現不可能だとしても、レコーディングでなら、自分の音楽を残すことができるかもしれない)
この体験は、僕に新鮮な驚きと喜びの種をもたらしてくれました。

ウミネコ楽団「Gasparo」への参加

後にこのメロディーは、ウミネコ楽団の新しいアルバムに収録されることになりました。
そして新井さんは、そのアルバムのレコーディングに、ホルン奏者として僕を抜擢したのです。
もしもこれがコンサートのお誘いだったら、おそらく僕は即座に断っていたことでしょう。
でもレコーディングなら……レコーディングでなら、自分の音楽を残すことができるかもしれない。
現時点では実演での再現はできないかもしれない、という状況も説明した上で、レコーディングに参加させてもらうことになりました。

こうして完成したアルバム「Gasparo」は、ジャケットの両面ともに、キングコングの西野亮廣さんが書き下ろしたイラストが使われています。
ウミネコ楽団と共にレコーディングに参加したメンバーは、第一線で活躍する凄腕ミュージシャンばかり。
そんな素敵なアルバムに、なぜ僕がミュージシャンとして参加させてもらえたのか、その運命が今でも不思議でしようがありません。
この時、僕は演奏家を引退してから20年近くが経っていました。

50歳記念のCDを作ることを決意

このレコーディングをきっかけに、僕は断続的にホルンを吹く機会を持つようになりました。
「Gasparo」の発売記念コンサートや、老人ホームでの小さなコンサートなど、本番の機会がいくつかあり、現役の頃のような難しい曲は無理としても、実演でホルンの演奏を披露するところまではスタミナも回復させることができました。
20年前に演奏活動を完全に辞めた人間のボーナストラックとしては、充分すぎるほどに充実していました。

さらにこのタイミングで、留学先のモスクワから帰国したばかりだった素敵なピアニスト、奈良綾香さんと共演するご縁があり、ホルン奏者として最後の充実期を迎えているこの時に、自分の演奏を作品として残したいという気持ちが芽生えてきました。
2020年に50歳を迎えるので、自分自身のちょうどいい区切りの記念にもなります。
不勉強にして知らなかったけれど、還暦や古希などの長寿のお祝いは、数え年で行うのだそうです。
ということは、まさに2019年の今年が、数えで50歳の記念年ということになります。
奈良さんには何度もリハーサルにつきあってもらい、試演会での演奏を経て、2019年2月にテストを兼ねた最初のレコーディングを行いました。

身の丈に合ったやり方で音楽と付き合う

今回のアルバム用に選んだ曲には、もともとホルンのために作曲されたものは1曲しかありません。
あとはトロンボーン、ユーフォニアム、バリトンサックスなど、ホルンよりも少し音域が低い楽器のための曲を演奏しようと思っています。
もちろんレコーディングなので、実演では再現不可能な曲を選ぶこともできます。
でも、それらの曲を練習するのにも、やっぱりスタミナは必要です。
せっかく取り組むなら、リハーサルからスタミナを気にせずに音楽作りに専念したい。
そしてこの選曲は、もしかしたら僕のように、音大を出てから長いブランクがある人たちが再び本気で音楽と付き合うための、ひとつのいいサンプルになるかもしれないと考えています。

もしもここで初めて僕のことを知り、今回のやり方で録音された作品を聴いて、今の自分の身の丈にあった選曲や、身の丈にあった方法で録音すれば、自分にもそこそこの作品が残せるかもしれない、と思ってくれる人が一人でもいるなら、このクラウドファンディングは半分成功したようなものだと思っています。
今作っている音源に、個人の思い出以上の価値が生まれるのなら、これほど嬉しいことはありません。
僕は「音楽を愛する人たちのサポーター」として、音大を出て演奏を生業にしなかった人間が音楽と付き合う方法を、ネタバレし続けていきたいと思っています。

【クラウドファンディング17日目】金管楽器のハイトーン崇拝主義

金管楽器の世界にある、ハイトーンを崇拝する空気が苦手です。その価値観の中では、音楽性の豊かさよりも先に、高い音を外さず正確に吹ける人=無条件に上手い人と思われているような気がします。楽曲についても同様で、金管楽器のために作られた独奏曲は、こぞって高い音が出てきます。まるで、その音を使わなければならないという決まりでもあるかのように。そして演奏者は、本番でハイトーンが出るか出ないかギリギリのコンディションで、えいやっと一発勝負を仕掛けます。そんなギャンブルみたいなことを繰り返さないといけないって、どういう音楽文化なんだ?とずっと不思議でした。

以前ある老人ホームで、合唱曲としても有名な歌曲「落葉松」をホルンで演奏する機会がありました。ホルンのために書かれた独奏曲と比較すると、音域は低いし早いパッセージもないので、演奏の難易度としては易しい部類の曲です。でも、音楽を作るという意味では決して易しくなく、譜読みをしている時間はとても楽しく充実していました。そして、ダイナミクスや発想記号が細かく書かれた小林秀雄さんの音楽に触れられたことは、ホルンの曲だけをやっていたら出会うことがなかった世界で、とても新鮮で勉強になりました。

その体験もあり、今回のレコーディングで用意した曲は、ほぼホルン以外の楽器のための曲にしています。もちろん高い音は出てきません(全ての曲を通じて、最高音はCが1回出てくるだけです)。現役の頃から比べるとスタミナもテクニックも相当劣化しているのに、今の方が音楽の流れに没頭できている感覚があります。演奏をやめて20年以上後にこんな世界が待っているなんて想像もできなかったので、とても驚いています。僕が知らない音楽の世界がまだまだあるんだろうなぁ。

【クラウドファンディング16日目】 電子ピアノの表現力

レコーディングスタジオの電子ピアノは、多分普通の人がイメージしている電子ピアノとは少し違います。電子ピアノの本体に内蔵されている音ではなく、レコーディング用のパソコンを通してピアノ音源ソフトを鳴らしています。ピアノ音源だけでも色んなメーカーからソフトが出ているんですが、今回僕が使っているのは「Ivory」というソフトです。色んなレビューや比較動画を見ていると、「Ivory」は今出ている音源ソフトの中で一番グランドピアノの音に近いという評価が多いです。さすがにピアノ独奏だと限界がありますが、アンサンブルの中でなら割といい線いくのではないかと思っています。

とはいえ、やはり電子ピアノは電子ピアノです。ピアニストの方は、グランドピアノと電子ピアノのタッチの違いに戸惑ったことがあると思います。僕も電子ピアノを使う演奏の現場では「ピアノ・ピアニシモは捨てて、全体にダイナミクスを一段階上げてしっかり目で弾いてください」とお願いすることが多いです。
レコーディング用のソフトは市販の電子ピアノよりは遥かに精度が高いとはいえ、 今回のレコーディングでも、奈良さんの繊細なタッチが電子ピアノの限界を超えていて、音が抜けてしまった箇所がいくつかありました。電子ピアノのデータは後から修正できるので、録ったデータを見ながら抜けた音を足したり、ダイナミクスを本来の意図に近づけるために整えたりしています。

こうした人工的な作業には、拒絶反応がある人もおられるかもしれません。でも個人的にはこの作業があることで、音楽的な要素をより緻密に構築しているという充実感があります。もちろん、本来の演奏とは違うことをしてもらっている奈良さんには、とっても申し訳ない気持ちですが、僕のわがままを受け入れてくれて本当に感謝しています。