2009-12-08 もうひとつの「千の風」

僕が大阪のCDショップにいた頃、あるお客様から「千の風~限りないいのちに包まれて~」というCDをいただいたことがある。
タイトルでお気づきの人もおられるかもしれないが、これは秋川雅史さんが歌って有名になった「千の風になって」と同じく、「Do not stand at my grave and weep」というアメリカの詩に曲をつけたものだ。
ただし「千の風~限りないいのちに包まれて~」の日本語訳は、有名な「千の風になって」とは異なっている。
「千の風になって」を訳して作曲した新井満さんよりも以前に、西脇顕真さんという僧侶が訳していたもので、それに清澤久恵さんという若い作曲家が曲をつけている。

僕はCDをいただいた日に早速この曲を聴き、いっぺんに好きになった。
そっと寄り添って優しく頭をなでているような、静かで穏やかなメロディ。
新井さんの曲のような一度聴いたら忘れられないインパクトはないけれど、さりげなく心に染みこんでくるような曲だった。

「千の風になって」のオリジナルである「Do not stand at my grave and weep」は、ずっと作者不詳と言われていたが、今ではメアリー・フライというアメリカ人女性が作ったものではないかと言われている。
そして現在世界中で広く知られている「Do not stand at my grave and weep」という詩は、メアリーさんが作ったオリジナルとは少し違っているのだそうだ。
以下にオリジナルの詩の日本語訳を引用してみる。

私の墓標の前で泣かないで
私はそこにいないのだから 私は眠ってなんかいない
私は千の風になって渡ってゆく
私はやわらかく 舞い降りる雪
私は優しく降り注ぐ雨
私は野に実る穂
私は朝の静寂の中に
私は水辺にたなびく灯心草
空を旋回する美しい鳥たちとともに

私は夜空の星の光
私は咲き誇る花たちとともに
私は静かな部屋の中に
私は歌う鳥たちとともに
私は全ての素晴らしいものとともにあるの
だから、私の墓標の前でなかないで
私はそこにいないの 私は死んではいないのだから

「千の風になって」の詩の原作者について
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/prof/1000winds.html

僕はこの日本語訳を読んでみて、あっと思った個所があった。
最後から3行目の「私は全ての素晴らしいものとともにあるの(I am in the each lovely thing)」という文だ。
この一行は、現在伝わっている英語詩にはない。
だから新井さんの訳にも、この行に対応する文章はない。
でも僕は、この抜け落ちた「私は全ての素晴らしいものとともにあるの」という文章を見て、「千の風になって」という曲が初めてわかった気がした。

新井さんはこの詩を「千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています」と訳された。
「あの大きな空」ということは、その存在はうんと遠くにある。
この言葉だけを抜き出すと、はるか彼方の風になってしまったように僕には思える。
空高く昇っていくようなメロディも、そうイメージさせるのかもしれない。
一方、失われた「私は全ての素晴らしいものとともにあるの」という一文には、遠くの風ではなく”私はいつでもあなたのそばにいるのよ”という感情が込められているように感じられた。

西脇さんが訳された英語詩も新井さんが訳したものと同じく、オリジナルではないバージョンがベースになっている。
しかし西脇さんは、宗教的な観点で英語詩にない文章を独自に加えられた。
それは「あなたは限りないいのちに包まれている」という歌詞だ。
驚くことに、西脇さんが独自に加えたはずの文章は、「私は全ての素晴らしいものとともにあるの」というオリジナルの一文と、伝えたい感情が一致している。
恐らく西脇さんは、オリジナルの詩はご存知なかったと思うけれど、この詩が一番言いたかったことを感じ取っていたんじゃないだろうか。
「私は千の風になって いつでも あなたのそばにいる」という歌詞を最後に加えていることからも、その思いは伝わってくる。
遠い空を見上げるような存在だった「千の風」が、西脇さんの手によって再び目の前に吹く風になって帰ってきた。
そのことに僕は大きな感銘を受けた。

実は僕はずっと、新井さんの「千の風になって」に対して、言葉では上手く言い表せないモヤモヤを感じていた。
だから当時、CDショップで「千の風になって」を毎日毎日売っていても、なぜここまで大ヒットしているのか不思議だった。
オリジナルの詩を読んでみて、そのモヤモヤの正体は、オリジナルの詩が持っている距離感と、新井さんの歌詞の印象から受ける距離感との違いだということに気がついた。
「Do not stand at my grave and weep」という詩に込められた意味をより深く知ることができた今なら、「千の風になって」があれだけ多くの人々の心を捉えたのも、素直に理解できる。

「千の風~限りないいのちに包まれて~」は一般のCDショップでは買えないが、僕が「千の風になって」を初めて理解することができた大切な曲として、今回あえて紹介させていただいた。
本願寺出版社のホームページで購入できるので、興味がある方は聴いてみていただきたい。