2009-04-04 クラシックとジャズがディープに絡み合った場合の話

クラシックとジャズは、ピアノやトランペットなど使っている楽器に共通点が多いからなのか、昔から非常に親密な関係にあります。
いや、親密と言うよりも、お互いに自分にないものを持っている相手に対して、尊敬と嫉妬が入り混じった軽い緊張感すら漂わせる微妙な間柄と言えるかもしれません。
そんなわけでクラシックとジャズは数々の融合が試みられてきました。
クラシックの作曲家が自分の作品にジャズのビート感を取り入れてみたり、ジャズのプレイヤーがクラシックのメロディをテーマにした曲を弾いてみたり。
しかし従来のそうした試みのほとんどは、あくまで「ジャズのエッセンスを取り入れたクラシック」であり、「クラシックを題材にしたジャズ」であって、ジャンルの枠を打ち破るものではありませんでした。
ところが時代を経た近年では、クラシック的な形式美とジャズ的なグルーヴ感が、まさにディープに絡み合った新しい感覚の音楽が生まれてきており、それぞれに評価と支持を得ています。

例えばカプースチンというロシアの作曲家。
彼自身が超絶技巧を持ったピアノの名手で、ジャズのハーモニーと強烈なグルーヴ感を流し込んだカッコイイ曲は、クラシック界にある種のセンセーションを巻き起こしました。
代表作の「8つの演奏会用前奏曲」は、かつて盲目の天才ピアノ少年、辻井伸行くんが「ニュースステーション」で演奏した際にも大きな話題になりました。
カプースチンは最近になって、ロシアと太いパイプを持つ日本の大手出版社から楽譜が出版され、安価で手軽に買えるようになったことから急速にレパートリーとして定着しつつあり、その人気に拍車がかかっています。

また、ファジル・サイというトルコの鬼才ピアニストも、クラシックとジャズやロックなどの要素を融合させた曲を発表していて、人気を博しています。
ファジル・サイの曲も現代音楽に強い出版社から楽譜が出版されており、既に自作自演の域を離れ、多くのピアニストによって演奏されています。
かなりジャズのテイストを持つ、でもジャズではない「トルコ行進曲ジャズ」や「パガニーニ変奏曲」など、これからの新しいクラシックのレパートリーとして、徐々に定着していくのではないでしょうか。

上に挙げた2人の曲はいずれも、アドリブではなくきちんと楽譜に書かれているので、CDショップでは一応クラシックコーナーに置かれています。
でもモーツァルトやショパンとは明らかにテイストが違うこれらの曲が、クラシックのピアノのコーナーにあるのは何となく浮いているというか収まりが悪い気もします。
かといってジャズのコーナーに置くわけにもいかないし、こうした新しいジャンルというのは、CDショップにとってはちょっとした悩みの種です。
もっとも、そうした音楽こそが真に新しい音楽と呼べるのでしょうし、まさに新ジャンルが誕生する過程を経験できているということなのでしょうから、嬉しい悩みではあります。

クラシック愛好家の方々は、新しい曲をあまり好まれない保守的な層もまだまだ多いと思います。
でも、カプースチンやファジル・サイ、また以前「レビューへの意外な反応」で紹介したことがあるコンポーザー・ピアニスト、天平さんのCDなどは、僕が試聴コーナーで熱心に展開していたということもあって、クラシック売り場で沢山のお客様に受け入れられ、いずれも好セールスを記録しました。
それらのヒットは「先入観を捨てて実際に聴いてもらえれば、いいものはちゃんと受け入れてもらえるんだ」という自信にも繋がりました。

ただ、ひとつだけアピールしきれなかったことを後悔している曲があります。
それはローゼンブラットという人の「パガニーニの主題による変奏曲」です。
ローゼンブラットは、カプースチンと同じくロシアの作曲家です。
クラシックとジャズを融合させた音楽語法や、自身が優れたピアニストであるという点など、カプースチンとよく似た特徴を持っています。
「パガニーニの主題による変奏曲」はジャズのテイスト満点のカッコイイ曲で、つまりカプースチンと同じくらい売れてもおかしくない曲だったのです。

ローゼンブラットの「パガニーニの主題による変奏曲」が入ったCDは自作自演ではなく、ニコライ・トカレフという若いピアニストが演奏したもので、ショパンやシューベルトなどのいわゆる”普通の”クラシックを弾いているアルバムの中の1曲として収められていました。
トカレフはかつて、ローゼンブラット作品集というCDを出したこともあり(現在は廃盤)、ずっとローゼンブラットを弾き続けてきて得意にしているピアニストです。
いわばスペシャリストの演奏として、内容的には申し分のないものでした。

しかし新しい音楽を求めている人たちに薦めるにしては、ショパンやシューベルトと一緒に入っているというのがネックになり、ターゲットをうまく絞りきれませんでした。
またメーカー側はトカレフを若手イケメン・ピアニストとして、ビジュアルの要素でも売り出したかったようで、その辺りの戦略も純粋にいい音楽を求める人たちの気持ちとフィットしなかったのかもしれません。
これがもし「ローゼンブラット作品集」だったならピンポイントでターゲットを絞れて、もっと売れていたんじゃないかと思いますが、ともかく現実は残念なことにこのアルバムはほとんど売れず、大量の在庫を抱えることになってしまいました。
最近になってようやく全てメーカーに返品したのですが、店頭でこのアルバムを見るたびに「本当はもっと売れるハズなのに……ごめんなぁ」と自分のダメさ加減を思い出し、胸がチクチクしたものです。

アレクサンドル・ローゼンブラット。
お店での普及には失敗しましたが、ぜひ覚えておいていただきたい作曲家です。
きっと今後ブレイクするときがくるハズです。