続・何がリアルで何がナチュラルなのか

先日、演劇において「何がリアルで何がナチュラルなのか」という素朴すぎる疑問をブログに書いたところ、劇団を主宰されている方からお返事をいただきました。演劇界の生の声を聞かせていただき、脚本家は何を意図してその表現を選ぶのか、そして役者はその表現の意図をどう読み解くのか、そのやり取りに思いを巡らせたとき、それはまさに作曲家と演奏家の関係と同じことなんだと気づきました。大事なのは表面的なリアルなんじゃなくて、リアルな感情を伝えるためにあるべき表現を考えることなんだと。そのことに気づかせていただけて、ものすごく経験値が上がった気がしています。

昔、ある落語家さんに何気なく「古典落語って昔のネタをお話しされていますけど、漫才やコントの人たちみたいに、どんどん新作を作ろうとは思わないんですか?」と質問したとき、不思議そうな顔をしてこう答えられたことがあります。「クラシックの音楽家も一緒じゃないんですか?」と。僕はなんて間抜けな質問をしてしまったんだろうと、とても恥ずかしい思いでした。

普段自分がいる音楽の世界と同じことが起こっているのに、ジャンルが変わると急に視界が狭くなり理解できなくなるのは、僕の悪い癖です。もっともっと視野を広げて柔軟な発想で、いつでもものごとの本質を見られるようになりたいものです。